チェルシーは現在、見習いの魔法使い。
魔法使いに住み込みで弟子入りして、お師匠様から日々、様々な事を学んでいる。
≪魔法使いの弟子!≫
「チェルシー。今日は薬の作り方を教えます」
「薬、ですか?」
「ええ。魔法の秘薬は、人々の生活に欠かせないものですから」
この世界では、怪我をしたり病気になったりしたら魔法使いに頼んで薬を作って貰う、というのが当たり前で。
だから、どこの街にも必ず一人は魔法使いがいる。
「丁度、傷薬が切れているので、まずはそれを教えます」
「はい、お師匠様」
「では、まず傷に効く薬草の説明から……」
魔法使いは、その用途に合わせていくつもの薬草を栽培していて。
必要に応じて組み合わせ、磨り潰したり、煎じたりする。
「――これで完成です。分かりましたか?」
「はい」
「では、今度は一人で作ってみて下さい」
「分かりました!」
チェルシーは勢いよく返事をすると、必要な薬草を摘んで傷薬を作り始める。
だが。
「……チェルシー。今の失敗の原因は分かりますか?」
「え、えっと……?」
手順通りに作ったハズのチェルシーの傷薬は、見本とは違った色になってしまって。
「一緒に磨り潰したこの木の実が少ないんです。分量はきちんと量りましたか?」
「……あっ」
今気付いたと言わんばかりのチェルシーの表情に、師匠は溜息を吐く。
「……貴女は普段からどこかそそっかしいですね。まぁ、これくらいならもう少し木の実を足せばちゃんと使えますから、大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですか……?」
「ええ」
ホッとしたような表情のチェルシーに、師匠は苦笑する。
「貴女にはこの本を貸しましょう」
「何ですか?」
「様々な秘薬の作り方が載っている本です。これで普段から勉強しておく事。いいですね?」
「……はいっ!ありがとうございます、お師匠様!」
チェルシーは、嬉しそうに本を抱えて満面の笑顔を浮かべた。
チェルシーは自室に戻ると、さっそく借りた本を開く。
「へぇー、こんな薬もあるんだー」
パラパラとページを捲り、ある秘薬を目にして、その手を止めた。
「…………」
そのページに書いてあったのは。
意中の人を虜にする、惚れ薬。
「こ、これ……効くのかな……?」
チェルシーには今、好きな人がいる。
小さい時に近所に住んでいたが、親の都合で街を出て行って。
最近、一人でまた街に戻ってきたらしい、リシュターという青年だ。
「リシュター……」
チェルシーがその青年の姿を思い浮かべたその時。
コンコン。
そう窓を叩く音がしてチェルシーがそちらを見ると。
「リ、リシュター!」
窓の向こうには、他でもないリシュターその人が立っていた。
チェルシーが慌てて窓を開けると、リシュターはニッと笑って手を上げた。
「よう、元気か?」
「う、うん」
リシュターは時々、こうして会いに来てくれる。
といっても、薬を貰いに来るついで、らしいが。
「また失敗とかして、落ち込んだりしてないだろうな?」
「う……お、落ち込んでなんかないわよ」
時々、こうして失敗を鋭く指摘してくる事があって。
チェルシーは、何で分かるんだろう、といつも不思議だ。
「今日は何の薬を取りに来たの?」
「傷薬」
「……そ、そう」
チェルシーは、失敗して作り直した傷薬を思い浮かべる。
きっと、あれがリシュターの手に渡る事になるんだろう。
そう思ったら急に不安になった。
「あれ、もしかして……今回はチェルシーが作った傷薬とか?」
「っ……だ、大丈夫!お師匠様もちゃんと使えるって言ったから!」
「ふーん……じゃあ、心配いらないな」
リシュターはそう言って、チェルシーの頭をくしゃっと撫でる。
「じゃあ俺、もう行くな」
「う、うん」
去っていくリシュターの後姿を見送りながら、チェルシーは頭に手をやる。
「……撫でられた」
そうして開きっぱなしの本に目をやる。
「惚れ薬、か……」
そう呟いて、溜息を吐いた。
数日間、チェルシーは悩んでいた。
惚れ薬を作って、それを使うかどうか。
秘薬で人の心を変えるのはよくない。
だけど、リシュターに少しでも意識してもらいたい……。
リシュターはきっと、自分の事を妹のようにしか思っていないから。
本を見ると、惚れ薬の効果は量によって違うらしく、ほんの少量ならすぐに効き目が切れるとある。
それくらいなら、意識してもらう程度には最適だろう。
そうして散々悩んだ結果。
「……ちょっとだけ、ちょっとだけなら……」
チェルシーは、悪いと思いつつも、それを作る事にした。
惚れ薬の材料を、師匠には内緒でこっそりと揃えて。
自室でこっそりと作る。
「で、できた……」
そうして完成した惚れ薬を小瓶に入れて。
あとはリシュターが来た時に、飲み物にちょっとだけ混ぜて飲ませるだけ……。
その機会は、案外早くやってきた。
「よう、チェルシー」
「ひ、久し振り」
「どうだ?あれから薬作りは上達したか?」
「ま、まぁ……。あ、あのね、リシュター」
「うん?」
「喉、渇いてない?」
「うーん……特には。でも、くれるなら頂戴」
「じゃあ、入れるね」
チェルシーは用意してあったジュースに、こっそりと惚れ薬を入れて。
「はい、どうぞ」
ドキドキしながらそれを差し出す。
「サンキュ」
だが。
「……なぁ、これ、何か混ぜた?」
「えっ!?」
リシュターがそう指摘し、チェルシーはギクッとする。
「な、何で!?」
「ジュースが変色してるから」
「え、嘘!?」
リシューターが返してきたジュースは、見事に変色していて。
チェルシーはサッと青ざめる。
「毒……をチェルシーが入れる訳ないよな。媚薬とか、それ系統?あ、惚れ薬か!」
見事に言い当てられて、チェルシーは一気に真っ赤になる。
だけど、それとは裏腹に心の中では泣きそうだった。
バレた。
きっと軽蔑される。
こんな卑怯な事して、って。
嫌われる――!
チェルシーは思わずギュッと目を瞑る。
だが。
リシュターはくしゃっと頭を撫でただけだった。
「……リシュター……?怒ったり、しないの……?」
「ちょっと、嬉しいかな。それに、どうせ俺には効かないし」
「え?ど、どういう事……?」
リシュターの言葉の意味が理解できずに、チェルシーは困惑する。
「意味を教えてもいいけど……ま、今回は秘薬に頼ろうとした罰って事で」
「え?え?」
「じゃあ、また今度な」
笑顔のまま、リシュターは去って行って。
チェルシーは床にへたれ込んだ。
「き、嫌われなかった……?でも、何で……?」
そうしてチェルシーは、頭を抱えてしまった。
一方その頃。
人気のない所まで来たリシュターは、頭を掻きながらニヤニヤする顔を抑えられない。
「元々好きなのに惚れ薬盛られても、効く訳ないのに」
そう、実はリシュターもチェルシーの事が好きなのだ。
「それにしても……明らかに失敗してたな、あの薬。何を間違えたらジュースの色まで変色させられるのか……」
惚れ薬は、飲ませる相手に気付かれないように、本来は無味無臭の秘薬。
ジュースの色が変色するようでは、意味がない。
「さて、戻るか」
リシュターはそう呟くと、口の中で呪文を唱える。
するとその姿は、チェルシーの師匠の姿に変わった。
「ま、自分の師匠が変化の魔法を使った俺だと見抜けないなんて……まだまだですね」
そう。
リシュターは変化の魔法を使って、チェルシーの師匠をやっている。
本来ならば、正式な魔法使いになるにはかなりの年数を要するのだ。
それこそ、結婚して子供がいてもおかしくないような年齢になるぐらいの。
だから年若くして正式な魔法使いになったリシュターは、実年齢より10歳程上に見えるように姿を変えているのだ。
「それにしても……好きな相手と一緒にいられるのはいいですが、さて。いつ、正体を明かしましょうかね?」
そう思案して、師匠の姿をしたリシュターはクスッと笑った。
=Fin=