俺には。
絶対に彼女にだけは知られちゃならない事がある。
≪隠し事≫
俺には昔から、よく好きでやってる事がある。
別に趣味という訳ではない……と思う。
ただ、それをしていると無心になれるから気分が落ち着くという、いわば精神統一の為の手段に近いものがある。
けれど、それは他人から言わせればただの言い訳に聞こえるらしく。
親しい友人や、昔の彼女なんかに言わせれば、立派な趣味にカテゴライズされるらしい。
そうしてそれは、およそ男らしさからかけ離れており。
……まぁ、ぶっちゃけいつもそれが原因で、イメージと違うだの何だの言われて、振られてしまうんだ。
だから、今の彼女にはどうしても知られたくない。
というか。
……いい加減、コレが原因で振られるのは勘弁してくれって感じなんだよっ。
俺の絶対知られちゃならない事。
それは。
料理・裁縫・編み物・その他家事全般。
という内容だ。
勿論、主夫を目指している訳ではなく。
暇さえあれば、それに勤しんでいる訳でもない。
ただ、ムシャクシャしたり、気分転換したかったり、そういう気が向いた時にだけやる、といった感じだ。
けれど、どうやらそれは他人には理解されないらしい。
加えて、近年は乙女系男子とかいう言葉も作られたりして。
俺は断じて乙メンとかじゃない!
と、声を大にして言いたい。
だってそうだろう。
男が料理をして何が悪い。男子厨房に入るべからず、という言葉があるが、それじゃあシェフとか板前はどうなるんだ。大半が男だぞ?
ソーイングセットを持ち歩いて何が悪い。いざって時に簡単なボタン付けとか出来れば、外出先でも困らないだろうが。
編み物が出来て何が悪い。編みぐるみとか作れれば、手先が器用になるじゃないか。
家事全般出来れば、結婚した時にお得だぞ?共働きでも家事が分担できるんだから。
とまあ、コレが俺の言い分だったりする。
なのに今までの彼女は……っ!
「男らしくない」だの「もっとましな趣味を持て」だの、極めつけは「キモい」だぞ!?
……確かに、改めて趣味を聞かれると、これといって思い浮かぶ事がないのも事実だけどな。
でも普通にスポーツで体動かしたり、ゲームしたり、本読んだりも好きだぞ?むしろそっちの方がプライベートで占める割合多いしな。
なのに。
なのにだ!
ちょっとでも露見すると、隠れ趣味だとか言われるんだよな……。
今の彼女とは付き合って数ヶ月。
今までの失敗を踏まえて、ボロはまだ出していない。
……ハズ。
今日はその彼女とデートの日。
天気もいいし、弁当持って……といきたい所だが、最初の彼女との初デートの時に作って行ったら、嫌がらせ(料理が苦手な子だった為)
と勘違いされて振られたから止めておく。
「そろそろ出るか……」
と、そこで裾がほつれているのが目に留まる。
今から着替えるのは面倒だし、このくらいなら軽く縫い止めすればいいか、と手早く縫ってしまう。
そうして待ち合わせ場所に着いて。
すぐに彼女も着いた。
「おはよう」
「おはよ〜。ごめんね、待った?」
「ううん、全然」
「良かった。あれ?糸屑付いてるよ?」
その言葉に俺は思わずギクッとする。
まさかあれか、今朝のか!?
「ほ、本当だ。どこで付いたんだろうな、はは」
後ろめたい訳ではないが、バレたくないという気持ちから、思わず乾いた笑いがもれてしまう。
「?」
その後はいつも通りデートを楽しみ、夕食を食べた後。
「ね、ちょっとだけ、家に寄ってもいい……?」
彼女の方からそんな事を言ってきた。
その言葉に俺は、心の中でガッツポーズをして、快く了承する。
そうして着いた俺の家。
普段から家事全般はお手の物。急な来客に慌てる必要もない。
「どうぞ、上がって?」
「うん。お邪魔しまーす」
俺の家は、玄関を入ってすぐにキッチンがあって、奥にリビングと部屋一つある1DK。
彼女は部屋の中を何だか嬉しそうに見回している。
と、そこで。
「あ、ちゃんと自炊してるんだね。すごーい」
彼女が突然そんな事を言った。
「な、何でっ!?」
「え、だって調味料とか食器洗い用の洗剤があるから……違った?」
「ち、違わないけど……」
やばい、引かれたか……?
「自炊できる男の人っていいよね」
その言葉に俺は、パアッと目の前が明るくなる。
「……そうなんだよー!自炊した方が生活費も楽だし、栄養も偏らないしさー!」
よし。料理が出来るのはマイナスにはならないらしい。
「ま、取り敢えずその辺に座ってよ。今何か飲み物を……」
「うん、ありがと。……あれ?」
俺が飲み物を用意しようとキッチンで色々やってると、彼女が不思議そうな声を出した。
「どうかした?」
「このぬいぐるみかわいい〜。ね、これどうしたの?」
「!?」
それは俺が昨夜製作した編みぐるみ(約7cmサイズ)……!
片付けるの忘れてたーーーっ!
「えっと、それは、その……」
何か良い言い訳がないかとあれこれ考えて。
「そう!この間たまたま見つけてさー!あげようと思ってて、今日持っていくの忘れてたんだよー」
「え、じゃあ、これ私に?ありがと、嬉しい」
「喜んでもらえたなら良かったよー」
そうホッと一息吐いたのも束の間。
「でも、どこで買ったの?」
「え゛」
「編みぐるみって売ってるお店少ないから」
言い訳のせいで、一転窮地に陥って。
「ど、どこだったかなー?たまたま見つけてフラッと立ち寄ったトコだから、覚えてないなー。どこだったかなー、はは」
「そっかー残念」
これは、切り抜けられたのか?切り抜けられたって事でいいよな!?
しかし。
「……これ、本当に買ったもの?手作りじゃなくて?」
「ななななな何で!?」
「編みぐるみの本が……」
彼女が指差したのは、テレビの横。
いつも俺が、編みぐるみの本とかを置いている……。
そこまで考えて、俺はサーッと血の気が引くのを感じた。
終わった……。
俺、完全に終わった。
また振られるのかー……。
そんな放心状態の俺の耳に、信じられない言葉が届いた。
「すごく器用なんだね!これ、大事にするから!」
「……え?」
「え?……やっぱり買ったやつだった?」
「……キモいとか、思わないの?」
「えー?すっごく可愛いよ、このぬいぐるみ」
「ありがと……じゃなくて!俺の事……」
「何で?」
「何でって……」
「うーん……びっくりしたけど、別にいいんじゃない?今って色んな趣味があるんだし。趣味で男らしさが決まる訳じゃないしね」
「や、趣味って訳じゃないんだけど」
「じゃあ特技?……とにかくね、私は別に、気にしないよ?それって個性だもん」
そう言って、彼女はにっこりと笑った。
彼女の言葉に、笑顔に俺は何だか救われた気がして。
俺も自然と、笑顔になった。
見た目や言動で決め付けられたりするのは不本意で。
でも、好きな人には受け入れて欲しくて。
だから。
隠さなくてもいい相手に、巡り合えるのは幸せ。
=Fin=