≪石焼き芋≫
それは二人で外食に行った帰りの事だった。
たわいもない会話をしながら、怜人の運転する車で家まで帰る途中。
「それで……」
ふいに会話を途切れさせた音々子は、何かに反応するように窓の外に視線を巡らせた。
「音々子?どうした」
不審に思って怜人がそう声を掛けると、音々子は我に返ったようにハッとする。
「な、なんでもない」
「そうか?」
だが、何でもないと言うわりに、音々子はそわそわしていて。
視線をあちこちに彷徨わせている。
まるで何かを探すように。
流石におかしいと思って、怜人は路肩に車を寄せて停車させた。
「怜人?どうしたの?」
「どうしたの、じゃねーだろ。さっきから何そわそわしてるんだ。何か気になるモンでもあるのか?」
溜息を吐きながらそう問いかければ、音々子は途端に俯いてしまう。
まるで、言おうかどうしようか悩むみたいにして。
「ほら、さっさと言え。何を遠慮してるのか知らないが、お前の遠慮は俺にとって大抵どうって事ない内容だしな」
「ぅ……」
そう言われてしまえば、音々子には反論できない。
実際問題、音々子の我儘による出費は社長という肩書きを持っている怜人にとっては本当に些細な額で。
むしろ我儘を言われるというのは、歓迎すべき事なのだ。
一般的な金銭感覚の持ち主でも、そのくらいなら……、と出すような出費でも、音々子はまるで、ブランド品などの高級バッグやアクセサリーを強請るのは
申し訳ないとばかりの遠慮を見せるから。
だから怜人は、できるだけ音々子の遠慮を見逃さないようにしている。
「ねーねーこー?」
半眼になって催促するようにそう呼びかければ、音々子は渋々と口にする。
「あ、あのね?その……焼き芋屋さんの、声がしたから……」
「……焼き芋?」
よく聞く、い〜し焼〜き芋〜♪のフレーズを流している移動屋台の事だろうと、怜人はすぐに想像がついた。
だが。
「……聞こえたのか?」
「うん」
音々子は、車に乗る時は大抵窓を開ける。
車内の独特の匂いがあまり好きではないからだ。
だから、外の音は聞こえていてもおかしくはない。
おかしくないのだが。
「……本当に猫だな、お前」
猫の五感の中で一番優れているのは聴覚だと言われていて。
その聴覚は人の4倍、犬の2倍とされている。
だから、音々子の耳の良さはそれと同じなんじゃないかと思えてしまう。
念の為、怜人も車外の音に耳を澄ましてみるが、大通りでそれなりに交通量が多い事もあり、どうしても聞こえない。
「……音々子、ナビしろ」
「え、う、うんっ」
そうして怜人は再び車を発進させた。
最初の内は、こっちの方かなぁ?とか、もう少し先かも、とか曖昧なナビだったのだが。
近付くにつれて、だんだん怜人の耳にもハッキリと聞こえてくるようになったし、音々子のナビもしっかりしたものになってくる。
「あ、今行き過ぎた!次で左に曲がって」
「了解」
声を頼りに追いかけ始めて十数分。
これが中々捕まえられない。
すでにもう辺りは静かな住宅街に入っていて。
相手も動いている訳だし、これならきっと、細い路地を通れる分徒歩や自転車で探す方が遥かに有益な気がする。
そんな事を思っていると。
「いたっ!」
前方をゆっくりと走る石焼芋の屋台を、ようやく見つける事が出来た。
取り敢えずすぐ近くまで車を近付けてから、駐停車禁止の標識がない事を一応確認してから車を停めて。
車から降りると、走って屋台の車を運転している男性に声を掛ける。
「あの、焼き芋下さい」
「はいよ」
男性はすぐに車を止めると、降りてきて軽トラックの荷台に乗せている専用の釜の蓋を開ける。
「何本にする?」
そう聞かれて、怜人は音々子に聞く。
「音々子、どうする?」
「えと、怜人は?」
だが逆にそう聞かれて、怜人は少し考えてから男性に言う。
「じゃあ、小さめのを2本で」
「小さめね。このくらい?」
「はい、それで結構です」
「じゃあ、小さめ2本で600円ね」
そう言いながら、男性は焼き芋を新聞紙で包んで。
お金を払って商品を受け取ると、2人は停めてあった車に戻った。
「えへへ……温かい」
焼き芋を手に持ってそう言う音々子は、満足そうな表情だ。
「私、屋台の焼き芋って食べた事なかったんだ。最近はスーパーの食品売場とかでも売ってるけど……やっぱり一度ちゃんとしたのを食べてみたくてさ」
音々子のその言葉に、怜人は驚いた。
「スーパーで?」
「うん。焼き芋を焼く機械みたいのを屋台みたいに飾り付けて、焼き上がり時間表示して売ってるよ」
最近のスーパーはそんな事までやってるのか。
そう考えながら、まぁネットで何でも買える時代になってるし、スーパーもそういう企業努力が必要なんだな、と思い直す。
「値段的にはどうなんだ?」
「うーんと……スーパーのは2種類のお芋で値段変えて売ってるトコもあるけど……やっぱり2〜300円ぐらいかな」
「そう考えると、スーパーの方が安いのか。移動屋台の方は大きさで値段決めてるみたいな口振りだったからな」
それなら消費者は安価なスーパーの方を買い求めるだろう。
そうなると移動屋台の石焼き芋は、近い将来殆ど無くなってしまうかもしれない。
そこまで考えて、怜人は気を取り直して音々子に言う。
「ま、早く家に帰って食べるか」
「うんっ!」
家に帰ると、音々子は早速包みを開ける。
そうして1本を手に取って半分に割った。
すると中は美味しそうな黄金色になっていて。
「わぁ……!」
音々子の瞳はキラキラと輝いた。
「いただきます。……んー!甘くて美味しー」
満足そうにそう言う音々子に、怜人ももう1本を手に取って割って食べる。
「ん、美味い」
芋特有の程よい甘さとホクホク感に、怜人もそう言った。
焼き芋を食べ終わると、音々子は遠慮がちに言う。
「……ありがとね、怜人」
そんな音々子の頭を撫でながら、怜人は言う。
「……だから遠慮すんなって言っただろ」
「うん」
「結構美味かったし、また見つけたら食うか」
「うんっ!」
怜人の提案に、音々子は嬉しそうに微笑んだ。
石焼き芋の屋台の声は、冬の夜の定番。
それがいつまで続くか分からないけど……続く限りは2人で探してみるのも、楽しいかもしれない。
=Fin=