≪猫の魅力≫
怜人はいつも、遅くなる時や夕飯が要らない時は早目に連絡をしてくる。
それは、急な仕事が入った時も同様で。
だから音々子は何も連絡が無い時は、怜人が通常帰ってくる時間に夕飯が出来上がるように準備を始める。
「今日はお鍋〜♪」
そう言いながら、音々子は鍋の具材を切って、土鍋に入れていく。
最近寒い日が続いているし、二人でコタツに入って鍋物もいいな、と考えて。
「……遅い」
けれど、いつまで待っても怜人は帰って来なかった。
「連絡ないし……何やってんだよ、怜人……」
一応、何度か携帯に連絡も入れたが繋がらず。
音々子はコタツに顔を乗っけて、恨みがましく鍋を見る。
「うぅ〜……折角のお鍋……」
おでんならば、味がよく染み込む、とも考えられるが。
鍋の場合、煮込みすぎは良くない食材もあって。
先に食べてしまおうかとも思ったが、一人で食べる鍋はつまらないし、何より怜人と一緒に食べるのを楽しみにしていたから。
「怜人の馬鹿……」
音々子はそう呟いて、箸を付けられないでいた。
そうして、いつもより二〜三時間程経った頃だろうか。
いつの間にかコタツに突っ伏して寝てしまっていた音々子は、玄関から聞こえた物音で目を覚ました。
音々子はハッとして、すぐさま玄関に飛んで行く。
するとそこには、丁度靴を脱いでいる怜人の姿があって。
音々子に気付くと、バツが悪そうに口を開く。
「音々子、悪かったな。連絡入れずに遅くなって」
そう言う怜人からは、少しだけお酒の匂いがして。
伸ばされた手を、音々子は叩き落とした。
「っ!?」
そうして、何も言わずに音々子は自室へ籠ってしまった。
後に残された怜人は、思わず玄関で呆然としてしまい。
我に返って苦笑する。
「不機嫌な猫の猫パンチだな、ありゃ。ま、引っ掻かれるよりはマシか……」
連絡を入れずに帰宅が遅くなったのは、自分の落ち度だと分かっている為、怜人は仕方ないと思う。
そうして、一度書斎に荷物を置きに行こうとリビングを突っ切ろうとして、そこに見つけたものに足を止める。
そこには既に準備万端の、手付かずの鍋物。
「……マジで悪い事したな」
そうして早々に荷物を置くと、すぐに音々子の部屋へ引き返す。
「おーい、音々子。開けるぞ?」
ノックをしても返事が無い為、怜人はそう言って部屋のドアを開ける。
するとすぐに、ぬいぐるみやらクッションが飛んできた。
けれど、元々そういった物も少ししか置いていない部屋。
攻撃はすぐに止んでしまって。
怜人はやれやれといった感じで音々子に近付く。
そうして手を伸ばすと、またその手を叩き落とされた。
「コラ、猫パンチはいい加減に止めろ」
触れようと手を伸ばす度に叩き落とされて、怜人は反撃できないように音々子の両手首を捕まえる。
「はーなーせー!」
なおもジタバタと暴れる音々子に、怜人は嘆息する。
「やっと喋ったと思ったら第一声がそれか」
「だって!怜人が悪いんじゃんか!」
キッと睨み付けてくる音々子に対し、怜人はその体を優しく抱き締めてやる。
「ああ、そうだな。俺が悪かった。……ごめんな、音々子」
そう言いながら、怜人は音々子の背中をあやすように撫でて。
すると、音々子はようやく大人しくなった。
「……今日は、鍋だったんだな」
「うん……」
「俺と一緒に食べようと思って、手を付けてないんだろ?」
「……うん」
「待っててくれて、ありがとな」
「……何で」
「ん?」
「何で、連絡くれなかったの……?」
シュンとした顔で見上げてくる音々子の頭を撫でながら、怜人は苦笑する。
「帰りがけに、取引先のお偉いさんに見つかっちまってな。半ば強引に飲みに連れて行かれた」
「……でも、連絡ぐらい……」
「……運悪く、携帯を鞄の中に入れててな……俺が逃げられないように、満の野郎に鞄を取り上げられたんだよ」
鞄の中には、持ち帰る予定の必要書類や車の鍵が入っている事を、満は良く知っている。
だから、それをサッと取り上げられては、怜人も付いて行かざるを得なくて。
携帯が鞄の中だと気付いたのは、そのすぐ後だったのだ。
「適当に付き合って、頃合を見計らって抜けて来たんだけどな。……本当、悪い」
「……ううん。もういいよ」
そう言ってスリスリと頬を寄せてくる音々子を、怜人は愛おしそうに見つめる。
「……遅くなったけど、今から飯にするか」
「うんっ!あ、お鍋もう冷めちゃってるから、ちょっと温めなきゃ」
そう言ってパタパタとリビングに駆けて行く姿を見ながら、怜人は一人呟く。
「本当に、猫だよなぁ……」
そうして音々子の後を追って、リビングへと足を向けた。
不機嫌そうに攻撃してきたかと思えば、ちょっとの事ですぐにご機嫌になって。
さっきまでのが嘘みたいに、途端に甘えてくる。
そういう気まぐれな所が、猫の魅力の一つだったりするから。
付き合いが長くなる程、愛しくなる。
=Fin=