小さい頃は、ずっと思っていた。
いつか、誰かが迎えに来てくれるんじゃないか、と。
でも。
誰も迎えになんか、来なかった。
だから私は、自分から行動を起こした。
もう、“誰か”を待っているのはウンザリだったから。
≪野良猫≫
音々子は見知らぬ街を一人、歩いていた。
今まで育った所――施設を飛び出して。
音々子のいた施設には、二種類の子供がいた。
親のいる子供と、親のいない子供。
つまり、事情があって施設に預けられている子供と、孤児だ。
そうして。
施設の大人達は、孤児の子供達だけに労働を強い、同時に虐待を加えた。
一人で見知らぬ土地を、ただ当てもなく彷徨う音々子は、不安ではあったが後悔はしていなかった。
最低だ。あんな奴ら。
人の事、まるで道具みたいに扱き使って。憂さ晴らしに、暴力を振るって。
しかも、物みたいに売り飛ばす相談までして……。
本格的に身の危険を感じた音々子は、気付かれないように明け方近くに施設を出たのだ。
そうして始発の電車に乗って、手持ちのお金の半分で行ける所まで行って。
着いた所が今いる所だ。
「所持金……大切に使わなきゃな」
音々子はそう心に決めて、駅に置いてあった無料の仕事情報誌を片っ端から見てみる。
できれば、住み込みで日雇いの仕事があるといい。
そうすれば取り敢えず、住む所も生活費も安泰だ。
最悪、野宿も覚悟の上だが、日雇いじゃないと生活できない。
だが。
現実はそう簡単にはいかなくて。
年齢や性別、資格の有無など、どれも音々子には厳しいものだった。
「どう、しよう……」
それでも、音々子は施設には帰りたくなかった。
「絶対に、帰るもんか……」
空腹で鳴るお腹を公園の水でごまかし、夜は公園にあるトンネル状の遊具の中で眠った。
手持ちのお金は、仕事が見つかったら使おうと思っていた。
だが、仕事は見つからなかった。
この際、日雇いでなくともよかった。
それでも、十六の音々子を雇ってくれる所はなくて。
それに以前に音々子は、施設を飛び出して家出同然の身。
履歴書に施設の住所や連絡先を書けば連れ戻されるのは必至なのに、住所不定だとどこも雇ってはくれない。
そうして、施設を飛び出してから3日目。
音々子は空腹で朦朧とする頭で、公園近くの銀杏並木を歩いていた。
「……流石に、何か食べないと限界かも……」
安いハンバーガーを一つ買って、それで当分凌ごう。
倒れてしまっては、何にもならない。
それこそ、施設に連れ戻されるか、最悪の場合……。
「行き倒れで死んじゃうのは、ちょっと勘弁……」
だがその直後、一瞬目の前が真っ暗になった。
そうしてすぐに体に、固い感触と痛みが伝わる。
あぁ、ヤバイ。
今、倒れたんだ。
そんな事を思っていると、突然頭上から声がした。
「あー……大丈夫か?」
その男の声に、音々子はヤバイと思った。
連れ戻される。
嫌だ。
あそこにはもう、帰りたくない……っ!
そう思って音々子は顔を動かし、相手を睨みつけるようにして言う。
「アンタには関係ないだろ……っ!」
だから、早くどこかに行って。
私に構わないで……。
そう思った所で、音々子の意識は途切れた。
夢を、見た。
誰かが迎えに来た夢。
優しくそっと、あの最低の場所から連れ出してくれる夢。
それは幼い頃からよく見ていた夢で、目覚める度に、希望と、絶望を運んできた。
音々子は薄っすらと目を開ける。
そこには見知らぬ天井があって。
自分はまだ夢の中にいるのかと錯覚する。
だけど。
視界の端に、見知らぬ男の姿を捉えて、音々子はガバッと飛び起きた。
「っ!?……ここドコだよ。アンタ誰」
そこから、音々子の運命は一変する――。
=Fin=