≪携帯電話≫
その日は珍しく怜人の仕事が早く終わりそうだったので、どうせだから外食でもしようと思って音々子に電話をする。
電話といっても、音々子は携帯を持っていないから自宅に掛ける。
だが。
「……出ねぇ」
いくら鳴らしても電話に出る様子が一向にないのだ。
恐らくは買い物にでも出掛けているのだろう。
怜人は舌打ちすると電話を切る。
普段は殆ど家から出ない音々子。
出掛けるのは唯一、日々の買い物ぐらいだ。
施設育ちで、しかもその施設を飛び出してきた音々子には、親しい友達と呼べる人物がいない。
その為、外に遊びに出掛ける、という事をしないのだ。
居場所が一ヶ所に特定されているのだから、連絡を取るのに携帯がなくても不都合はないと思っていたのだが。
「やっぱり、こういう時には必要になってくるな……」
改めて携帯の便利さを実感する怜人だった。
家に帰った怜人は、音々子にある包みを渡す。
「音々子」
「おかえり、怜人。何、コレ?」
「開けてみろ」
そう言われて音々子が中を見ると、そこには携帯電話が入っていた。
「……怜人。これをどうしろと?」
「お前のだ。持っとけ。俺の番号はもう登録してあるから」
「電話なら家に掛ければいいじゃんか。勿体ない……」
そう言う音々子に、怜人はムッとする。
「……家に掛けたらお前がいなかったからだ」
「え、電話したの?……何か、食べたい物でもあった……?」
「早めに終わりそうだったから、たまには外食をって思ったんだよ。それがあれば、お前が出掛けてても連絡つけられるだろうが」
「そっか。携帯って便利なんだ」
そう納得すると、音々子は物珍しそうに携帯を眺める。
「触った事とかないのか?」
「うん……」
そんな音々子に少し意地悪をしてやろうと、怜人はこっそりと自分の携帯から掛ける。
すると突然鳴った携帯に、音々子は幾分か慌てる。
「え!?あ、うわ。……『怜人』……?」
着信欄に出ている名前に、音々子が怜人に視線を向けると、彼は笑いを堪えているようだった。
「怜人!急にビックリするじゃんか!」
「悪ぃ悪ぃ」
だが怜人はまだ可笑しそうにしていて。
音々子はむぅと頬を膨らませた。
簡単に使い方を教えると、音々子は基本的な事はすぐに覚えたようだった。
その辺りはやはり若さと言えよう。
「お前から俺に掛けてきてもいいから。常に持ち歩いとけよ?」
「うん、分かった」
そう言って嬉しそうに笑う音々子に、怜人は笑みを浮かべた。
いつでも連絡をつけられるというのは。
いつでも好きな人の声を聞けるという事。
=Fin=