≪悪友からの忠告≫
怜人はまがりなりにも一応社長という立場にいる。
だから、怜人の仕事部屋にノックもなしに無断で入ってくる人物なんてのは限られている訳で。
「怜人〜。今ヒマか〜?」
そう言ってノックもなしに無断で入ってきたのは、他でもない怜人の悪友、柿崎満だった。
「満……せめてノックぐらいしろ」
「別に良いだろ?俺とお前の仲だし」
「……何の用だ」
怜人は冷たくそう言うが、満は全く気にした様子はない。
「お前、あのワンコどうした?」
「ワンコ……?あぁ、音々子の事か」
怜人の中で、音々子は猫という認識だ。だからワンコと言われて、すぐにそれが音々子の事を指しているとは分からなかった。
だが満はその反応を、別の意味で捉えたらしい。
「何だよ。お前にしては珍しくご執心かなって思ったんだけど……やっぱり雑種が物珍しかっただけか」
「は?」
「ま、それが賢明な判断だよ。あ、そうだ。今度飲みに行こうぜ。女の子達、怜人に会いたいってさ」
満が言っているのは恐らく、前によく行っていた高級クラブの事だろう。
だがそんな事よりも、満の誤解を正しておく必要がある。
「満。言っておくが、音々子はまだ俺の家にいるぞ」
すると満は、一瞬動きを止めた。
「……何だって?お前まだあの娘、家に置いてるのか?冗談だろ?」
「冗談なんかじゃないさ。本気だ」
「……マジ?でも前にも言ったが、お前の周りの人間は……」
「周りが黙っちゃいない、だろ?心配ない。……前に向日からの事業提携の話があったろ。その話蹴った時に、自分の親にも見切りつけたしな」
「……そういえば、あの時は急に月羽矢グループの総帥とのアポ取ってきて、お前自ら事業提携の話つけに行ったんだっけな……何があったんだ?」
月羽矢グループと事業提携をしてから、怜人の会社の業績はますますUPしている。
だが、事業提携をするまでに至った詳しい話を、怜人は満に話していない。
「あー……その話はパス。個人的なコネができたから使ったまでだしな」
まさか、自分の親に無理矢理従妹と結婚させられそうになって、なんて言える訳がない。
それは真嶋の家の問題だし、ひいては向日一族の問題だ。
幾ら悪友といえど、話す気にはなれない。
「ま、ある意味もう俺は自由の身だからな。親族なんて関係ねーし。好きにやるからな」
それは暗に、「だからもうお前も口出しするな」という言葉が含められていた。
その事に満は溜息を吐く。
「はいはい、分かりました。好きにすればいいさ。だけどな、これだけは言っておく。社長って肩書きだけでも、ちょっかいかけてくる輩はいるからな」
「……ご忠告どうも」
「じゃーな。俺も仕事に戻るわ。……あ。でもマジで今度飲みには行こうなー」
そう言って満は部屋から出て行った。
「……結局何しに来たんだ、あいつ」
一人になって、怜人はそう呟く。
「ま、いいか」
そう言って怜人は、再び自分の仕事に戻った。
言われなくても分かっている。
普通の人間より、面倒臭い立場にいる事ぐらい。
それでも。
一応、ありがたく受け取っておこう。
悪友からの忠告を。
=Fin=