≪休日の楽しみ方≫
怜人は時々、休みの日に音々子を外に連れ出す。
それというのも、音々子はあまり外に出掛ける事をしないからだ。
「家の中にばっか篭ってたら、その内、マジで腐っちまうぞ?」
怜人はからかうようにそう言うが、本当は彼も分かっている。
そもそも音々子は施設育ちで、遊びに出掛ける、という事を知らない。
その施設でさえも飛び出してきている為、一緒に出掛ける相手といえば怜人しかいない、というのが本当の所だが。
親しい友人の一人さえいない音々子にとって、外に出掛ける、という行為は何の意味も持たないのだ。
外での楽しみ方を知らないのだから。
最近、施設にいた時に仲良くなった子――怜人の従妹の幸花だが――と再開し、時々は連絡を取り合っているみたいだが、相手は音々子と違って普通に学校に
通っているし、家も少し遠い。
そう簡単には会えないという事もあって、やはり音々子は日々を家の中で過ごしている。
だから怜人は音々子を連れ出すのだ。
少しでも、楽しんで貰う為に。
音々子はたまに、変な所で遠慮する癖がある。
育った環境のせいか、怜人に散財させる事を申し訳なく思っている節がある。
別に怜人が好きでやっている事だし、何といっても会社での肩書きは社長。
多少の我儘ならどうって事はないのに、それすらも遠慮する。
だからいつも出掛ける時は、怜人が行き先を決める。
「さて、今日はどこに行くかな」
するとこの日、音々子は珍しく口を開く。
「あのさっ、今日は車で出掛けるのはナシ!歩こうよ」
「あ?どっか行きたい所でもあるのか?」
「いいから、いいから。ほら、行こうよ」
そう言って音々子は半ば強引に怜人を外へと引っ張っていく。
だが何の事はない。
音々子は最近のガソリン高騰を気にして車を使わせたくなかっただけだった。
「……お前、そこまでいくといっそ感心するよ」
「何で?」
「金は使う為にあるモンだろうが」
「ぅ……そうだけどさ……ほ、ほら、いつも車なんだから、たまには歩いた方が健康にもいいしっ」
「はいはい」
そう言って怜人は音々子の頭をクシャッと撫でてやる。
結局は一緒にいられればそれでいいのだ、音々子は。
出掛ける事自体は嫌がらないのだから。
でも、音々子に何かしてやりたい怜人にとってその遠慮は、何とも複雑だった。
怜人達の住むマンションの辺りは閑静な住宅街だが、流石に駅付近まで歩いてくると賑やかさを増す。
そんな中で珍しく怜人が足を止めたのは、ゲームセンターの前だった。
「ゲームセンター……?」
「高校の時はよく、学校帰りに悪友と来たんだよな」
「そうなんだ。怜人の高校の時って、何だか想像つかない」
「音々子はこういう所、初めてか?」
「うん、入った事もない」
「じゃあ俺も久し振りだし、入るか」
「うんっ」
そうして中に入った音々子は、店内のあまりの騒音に思わず耳を塞ぐ。
「何ココ、凄くうるさい」
「そうか?……音々子、何かやってみたいのあるか?」
平然としている怜人にそう聞かれ、音々子は店内を見回してみる。
「うーん……あ、怜人、アレ。アレは?」
そう言って音々子が指差したのはUFOキャッチャーだった。
「アレはアームを動かして中の景品を取るゲームだ。実際にやってみた方が早いかもな」
音々子は怜人に簡単な操作の仕方を教えてもらって、挑戦する。
狙いは可愛らしい猫のぬいぐるみだ。
だが数回やっても、取れる気配がまるでない。
「難しいね、コレ。取れる人いるのかなぁ?」
「いるから人気があるんだろうが。こういうのにはちょっとしたコツがあってな」
そう言いながら今度は怜人が挑戦する。
音々子が取ろうとしていたぬいぐるみに狙いを定め、慎重にアームを動かす。
だが。
少しは持ち上がるものの、すぐにアームからするりと落ちてしまう。
それを見て音々子は、半ば諦めたように言う。
「やっぱり難しいんだ」
すると、その言葉に怜人は何かのスイッチが入ってしまったらしい。
「……ぜってー取る」
呟くようにそう言うと、怜人はいくらか纏めて両替をしてきた。
この手のモノは、百円で一回。だが五百円だと一回おまけで六回出来る。
だから怜人は機械の横に、両替してきた五百円玉を積んだのだが。
……どう見積もっても、十枚以上あるように見える。
「……怜人……?」
音々子は恐る恐る声を掛けるが、その顔は真剣そのもの。
とても邪魔できるような雰囲気ではなかった。
「ほら、音々子」
数十分後、ようやくGETできたぬいぐるみを目の前に差し出されて、音々子は複雑な気分だった。
積まれていた五百円玉は、殆どすっかりなくなっている。
これ一体を取る為に、怜人はいくら注ぎ込んだんだろうか?
普通に買った方が絶対安いんじゃあ……。
だが、満足気な笑みを浮かべている怜人に、その事を言うのは憚られて。
「ありがと。大切にするね」
取り敢えず音々子は、何とか笑みを浮かべながらそう言った。
「待ってる間ヒマだったろ。今度は二人で遊べるモノでもするか」
「え、いいよ。コレに結構お金使わせちゃったし……」
思わず遠慮してそう言う音々子だったが、怜人は強引に店内を連れ回った。
レーシングゲーム、クイズゲーム、リズムゲーム……最初は遠慮していた音々子だったが、怜人の挑発に乗るように次第に楽しむようになった。
「楽しかったぁ!……でも怜人、全然手加減してくれないんだもん。私、初心者なのに」
「勝負事に手を抜いてどうするんだよ。それともわざと負けて欲しかったか?」
「それは……嫌だけど」
「だろ?」
むぅ、と複雑そうな表情をする音々子に、怜人は苦笑しながら聞く。
「また来るか?」
すると音々子は意気込んで言う。
「今度は絶対リベンジしてやるからっ!」
「ま、頑張れ」
「絶対、絶対勝ってやるんだから!」
「はいはい」
余程悔しかったのだろう。いつになくムキになっている音々子を軽くあしらうように返事をしながら、怜人は入って良かったと思った。
たまにはこういう風に、何も考えずに無邪気に楽しんで欲しい。
折角一緒にいるのに、遠慮なんてして欲しくない。
休みの日ぐらいしか、構ってやれないんだから。
=Fin=