≪心配≫
その日、朝起きた朱夏は少し体のだるさを覚えた。
「んー……なんか、変……?」
憶えのある頭の重さに、念の為体温を測ってみる。
「……37.1℃……なんだ、微熱じゃない」
微熱と判断した途端、朱夏は気合を入れて言う。
「よしっ!頑張るか!」
そうしていつも通り学校に行って。
「おはよう」
「あ、朱夏ちゃん、おはよー」
「おはよう、朱夏」
いつも通りに智と璃琉羽に挨拶をして、席に着く。
学校まで来る間に、熱が体の内側に溜まったような感じがするけど……。
気分も悪くないし、意識もハッキリしてるし……うん、大丈夫。
体内の熱もちょっと動いて上がったって感じだし、すぐに治まるでしょ。
そんな事を楽観的に考えていると、愁が教室に入ってきた。
「あ、愁、おはよう」
だが愁はそれには答えず、ジッと朱夏の顔を見て、眉を寄せる。
「……朱夏、お前……もしかして、熱があるんじゃないか?」
その言葉に、朱夏は目を瞠る。
智も璃琉羽も気付かなかったのに。
「あら、よく分かったわね」
「……いつもと少し違和感があったからな」
それは、いつも朱夏をよく見ている、という事の表れで。
思わず朱夏は口元がにやけてしまう。
だが、そんな朱夏に愁は眉を顰めて。
「熱あるなら、なんで休まないんだ」
「え、だって37.1℃よ?微熱じゃない」
「微熱でも熱は熱だろ。もし登校中に熱が上がって倒れたらどうするんだ」
「平気だって。ヤバい時はちゃんと分かるから」
自信を持ってそう言う朱夏に、愁はこれ以上何を言っても無駄だと悟る。
一応、病人(?)だからあまりキツく言うのも躊躇われるし。
そう思って愁は、溜息を吐いて言う。
「……無茶だけはするなよ」
「分かってるって」
朱夏のお気楽な返事に、愁はもう一度溜息を吐く。
……本当に大丈夫か?
まさか、その予感が当たるとは愁も思っていなかった。
特に問題もなくお昼も過ぎて。
だが、5限目の体育の授業が問題だった。
体育館で、男子はバレー、女子はバスケの授業で。
愁は朱夏が授業を見学するものとばかり思っていたのだが。
「あの馬鹿……っ!」
あろう事か、朱夏は授業に参加していたのだ。
しかも思いっきり。
その姿を見て、愁は頭を抱えたくなった。
熱があるクセに何やってんだよ!?
ぶっ倒れでもしたらどうするつもりなんだ!
そう怒鳴ってやりたいのは山々だったが、愁は丁度試合に参加していて。
結局、ハラハラしながら横目でチラチラと見ているしか出来なかった。
そうして授業後。
愁は真っ先に朱夏に近付いて怒鳴る。
「お前は一体何考えてんだよ!?」
「……何よ、急に」
「熱があるんだろうが!あんな運動なんかしたら、熱が上がってぶっ倒れるだろうが!」
「倒れてないじゃない」
「それは結果論だ!」
「……微熱程度なら、ちょっと汗かけばすぐに治っちゃうわよ。大体、こんな微熱程度に負ける程ヤワじゃないわよ」
「お前なー……」
朱夏の発言に、愁は大いに脱力した。
病気に対して勝ち負けってどうなんだ、実際。
いや、大病を患った時なんかは病気なんかに負けるなってよく言うけど。
明らかにそれとは意味合いが違うだろう。
そういうのはあくまでも安静にした上で、闘病生活を送る人間に言うべき言葉であって。
決して無茶する人間に使う言葉じゃない。
……どれだけ負けず嫌いなんだよ、お前は……。
「で、具合は?」
「バッチリ大丈夫!っていうか、何かに夢中になってた方が、頭痛とか気にしなくて済むし」
「……頭痛もあったのか」
「ちょっと頭重くてクラクラするような気がしないでもないかなー?って程度よ」
あっけらかんとそう言う朱夏に、愁はより一層脱力した。
放課後、部活にまで行こうとする朱夏を、愁は止める。
「朱夏、帰るぞ」
「え?私、これから部活行くんだけど」
「いいから。南里、姫中。今日はコイツ、弓道部休ませるから」
「あ、うん。お願い」
「分かった〜。じゃあね、朱夏ちゃん」
その二人の様子に、愁は苦笑する。
「あの二人も心配してたみたいだな」
「……みたいね。体育の時もしつこく大丈夫かって聞いてきたから」
その時の様子が、愁には容易く想像できた。
「……じゃあその時点で見学にしとけよ」
「だから大丈夫だってば」
「はいはい、行くぞ。……今日は家まで送ってってやるから」
愁のその言葉に、朱夏は少しだけ嬉しそうに素直に従う。
普段一緒に帰るなんて、まず有り得ないからだ。
朱夏は部活をやっているし、愁は男子寮の寮長だから、そっちでの仕事があるから。
「微熱程度なら、たまにはいいかもね」
「……見てるこっちがヒヤヒヤするから止めてくれ」
心配する方にとっては迷惑だけど。
心配される方にとっては、ちょっと嬉しい?
=Fin=