最近、智と璃琉羽を見てて思う事。
「やっぱり、自分の彼女は女の子らしい可愛い子の方がいいよね……」
それならば。
「……よし。いっちょやりますか!」
思い立ったら、即行動。
名付けて。
“女の子らしく大作戦!”
≪朱夏ちゃんの“女の子らしく大作戦!”≫
朱夏は見た目や行動、言動から、およそ女の子らしい事からは縁遠いと思われがちだが。
実はこれでいてかなり家事が得意だ。
両親は小さいながらも弁護士の事務所を抱えており、大抵家にいない事の方が多い。
だから朱夏は小さい時から九つ年上の兄に面倒を見てもらったようなものだ。
……但し、近所の子供達(主に男の子)も纏めてだが。
朱夏が小学校の高学年の時には、兄の春秋はもう大学生。
それでも講義の合間を縫って、近所の子の面倒を見ていたりしたから、自然と朱夏が家の事を請け負うようになっていった。
だから朱夏は、その辺の女の子よりはずっと女の子らしいとも言える。
ただ、高い身長にショートヘア、誰に対しても物怖じしない態度にきつい口調、とくれば、誰も朱夏が家事が得意などと思いもしない、というのが現状だった。
朱夏の朝は結構早い。
軽く身支度を整えると、夜の内に回しておいた洗濯物を干して、朝食とお弁当を同時に作る。
そうして朝食を済ますと、きちんと食器を洗ってから学校へと行く。
勿論、途中でコンビニに寄って紙パックの牛乳を買う事も忘れずに。
だが。
この日は少し違っていた。
お弁当を、いつもより一つ余分に作った。
一つは勿論自分の分。
そうしてもう一つは。
「アイツ……いっつも購買のパンだし、ね」
愁の分だった。
愁は月羽矢の寮生活で。
寮では、お昼のお弁当は自分で作るか、寮母さんに頼めば作ってもらえる。
なのに愁はいつも購買のパンを食べている。
あれではいくらなんでも栄養が偏るだろう。
そんな事を思いながら学校に着いて。
教室に入る前にふと思った。
そういえばコレ、いつ渡そう……?
だがすぐに、何とかなるだろうと思い直して教室に入る。
「おはよう」
すると、教室全体からざわめきが走る。
「朱夏ちゃん、どうしたの?それ、すっごく似合ってるー!」
すぐに璃琉羽が駆け寄ってきて、そう言った。
「ありがと、璃琉羽」
実は朱夏は、お弁当を作る他にも女の子らしさを出す為に、髪型を少し変えたのだ。
といってもショートヘアの朱夏には、前髪を少し横に流してピンで留める事位しか出来なかったが。
本当は化粧でもしようかとも思ったが、普段化粧などしない朱夏はマスカラやアイシャドウといった類の化粧品は持っておらず、どうせ持ってても上手には出来ないだろうからやめたのだ。
「朱夏、そうしてた方が可愛いよ?」
智にもそう言われて、朱夏は内心嬉しかった。
だが。
「似合わねー。そんなモン外せ」
低い声でそう言ってきたのは他ならぬ愁だった。
その言葉に朱夏は思わずカチンとするが。
いけない、いけない。
せめて今日一日だけは、女の子らしく、女の子らしく。
そう自分に言い聞かせる。
「……似合わない、かな」
いつもなら「似合わないって何よ!」と怒鳴る所を、しおらしく言ってみる。
すると。
「……朱夏?お前、なんか変なモンでも食ったのか?」
そう言われてしまった。
取り敢えず三限目は体育だったので、お弁当はその時に愁の机の中に入れる事にした。
“今日はお弁当を作って来たので食べて下さいw 朱夏”
そうメモ書きを添えて。
四限目の授業直前に、メモとお弁当に気付いた愁が何か言いたそうにしていたが、チャイムが鳴ったので、朱夏は授業中ずっとソワソワしていた。
何て言ってくれるかな。
ありがとう?
それとも、ビックリした?
何にせよ。
「喜んでくれたかな……」
そうして授業が終わってお昼休みに入ると同時に、朱夏は愁に教室から連れ出された。
「朱夏、ちょっと」
「う、うん」
そうして人気の無い場所まで移動して。
だが、愁の口から発せられたのは、朱夏が思ってもみない事だった。
「朱夏、お前何考えてる?」
「え……?」
「急に髪形変えてみたり、弁当作ってきたり……しかも態度もいつもと違うし。何か俺に言いたい事でもあるワケ?」
「どういう、事……?」
不機嫌な態度の愁に、朱夏はワケが分からなくなる。
「嬉しく、ない、の……?」
「嬉しい訳ないだろ」
「……っ!」
ハッキリと、嬉しくない、と言われて、朱夏は頭が真っ白になる。
何で?
男の子って、こういうのって嬉しいもんじゃないの?
可愛くて、女の子らしくて。
それとも。
「お弁当、急に作ってきて迷惑だった……?」
だが愁は何も言わない。
「ごめん……ちゃんと、前もって聞くべきだったね……」
ワカラナイ。
何で。
どうして、こうなっちゃうの。
全然分からなくて、涙が出てきた。
だが突然、抱き締められる感覚がして、朱夏は何が起こったか理解できなかった。
「泣くなよ……」
「しゅ…う……?」
「……ったく、何でお前はいきなり泣き出すんだよ。ワケわかんねぇ……」
「だって……」
「取り敢えず泣き止め。んで、何で急にこんな事したかちゃんと言え」
そう言われて朱夏は、手の甲で涙を拭う。
「あの、ね……智と璃琉羽見てたら、やっぱり可愛らしくて女の子らしい彼女の方がいいのかなって……」
「……それは。俺の為にそうなろうとしたって事?」
そう聞かれて朱夏は頷く。
「何だよ……俺はまたてっきり……」
「?てっきり?」
言葉を濁した愁に朱夏が聞き直すと、愁はそっぽを向いて答えた。
「……付き合ってる相手が急に優しくなるのは、別れる前触れか、やましい事があるって」
「何それ」
「一般論」
「そうなの?」
「少なくとも俺はそう思ってた」
という事は、つまり。
「……私が別れ話を切り出すとでも?」
そこに思い至って、朱夏はムッとして言う。
「ん……っていうか、お前がらしくないと調子狂うんだけど」
「……お弁当はいつも自分で作ってるんだけど」
「そっか」
すると愁は朱夏から離れて教室に戻ろうとする。
「ちょっと、愁?」
「ま、何にもないなら、朱夏が折角作った弁当、食べなきゃな」
「……っうん……」
そうして不意に足を止めると、愁は振り返って言う。
「あぁ、そうそう。あんま“らしくない事”はすんな。俺はお前がそのままでも十分好きだから」
「なっ……!?」
「てか。お前はそのままでいろ。いいな?」
愁はそう言って、さっさと一人で教室に戻ってしまった。
後に残された朱夏は真っ赤な顔のまま、暫くそこに立ち尽くしていた。
当然、教室に戻ると智と璃琉羽の質問攻めが待っていた。
こうして、朱夏の“女の子らしく大作戦!”は、失敗に終わったが。
そのままでいろ、と言われたので、朱夏は自分らしくそのままでいる事にした。
ただ時々、愁の昼食が朱夏の手作り弁当になる事を除いて。
=Fin=