小さい頃は、それ程意識した事もなかった。
だけど。
成長するにつれて、周囲の状況も変化して。
いつか思うようになった。
“家に帰るのが嫌だ”
と――。
≪寂しい時は≫
朱夏の両親は小さな法律事務所を開いている。
だからいつも帰りが遅くて。
幼い頃から兄の春秋が、朱夏の親代わりだった。
春秋はいつも、傍にいてくれて。
だがそれも、朱夏が月羽矢学園初等部三年生の時までで。
それは、朱夏が初等部四年生になって少し経った頃。
「今日は……大学の講義でお兄ちゃん遅いんだ……」
壁に貼ってある春秋の講義の時間割を見て、朱夏は溜息を吐く。
大学の講義の時間割によっては、春秋の帰りはどうしても夜になってしまう事もあって。
その間、朱夏は家に独りきりだ。
「独りじゃつまんない……」
静かな部屋の中に、朱夏の呟きだけが響く。
それでもまだ救いなのは、今年から部活動が始まった事だ。
部活をやってから家に帰れば、独りきりの時間は僅かになるから。
だが、寂しい事には変わりない。
そこで朱夏が思いついたのは。
「……そうだ。家の事をちょっとずつやればいいんだ」
独りでいる時間、気を紛らす為に家事をやる事だった。
そうして高校生になった今では、家事の殆どは朱夏がやっているのだが。
それでも時々、独りきりの家に帰るのが嫌になる時もあって。
特にデートの後とかはその思いが強くなる。
「ね、愁。ちょっとだけ家に寄ってく?」
「いいけど……お前よくそう言うよな。何で?」
「別に……なんとなく。嫌なら別に無理しなくても……」
寂しいから、とは言えずに強がってそう言うと、愁は息を一つ吐いて歩き出す。
「嫌だとは言ってねーだろ。行くぞ」
「ぁ……うんっ」
嬉しそうに横に並ぶ朱夏に、愁はやれやれと思う。
全く素直じゃない。
寂しいなら寂しいって、素直に言えばいいのに。
誰もいない家に帰るのは嫌だ、って。
まさか愁がそこに気付いているとは知らずに、朱夏はご機嫌だ。
独りきりじゃないという、その事に。
普段は明るく振舞っていても。
強がっていても。
独りきりの時間は、やっぱり寂しいから。
誰かに傍にいて欲しい。
そうしてその“誰か”は。
家族だったり友達だったり――恋人だったり、して欲しい。
=Fin=