≪ケンカしても≫
俺の彼女の絹川朱夏は。
とにかく気が強くて素直じゃなくて。
おまけに時々、突然突拍子もない事をする。
だけど。
気が強いのは見せかけだけだし、素直じゃないのは恥ずかしいからで。
突拍子もない事をするのも、全部俺の為。
……それは分かってるつもりなんだが。
素直じゃないのは俺も同じ。
つい余計な一言を言ってしまったり、心にも思っていない事を言ってしまう時もあって。
ケンカなんてしょっちゅうだ。
本当はケンカなんてしたくないのにな……。
私の彼、白山愁は。
ぶっきらぼうでいっつも言葉が足りなくて。
そのくせ余計な一言だけは多いのよっ!
でもね。
ぶっきらぼうなのも、言葉が足りないのも、ただ素直じゃないだけなのよ。
余計な一言だって、ただ天邪鬼なだけ。本心じゃないって分かってる。
……分かってるんだけどね。
ムカつく事には変わりないのよ!
それでついつい売り言葉に買い言葉。
本当はケンカなんてしたくないのに……。
朝、教室で顔を合わせた愁と朱夏は、お互いに何か言いたそうにしているのに、結局何も言わずにそれぞれ席へと着いた。
そう。この二人、只今ケンカの真っ最中なのだ。
それも些細な事から始まったケンカ。
その内容とは。
『卵焼きの味付けについて』
だった。
それは昨日の事。
朱夏は時々、愁にお弁当を作るのだが。
そこに入っていた卵焼きに、愁が言った一言が始まりだ。
「……何で卵焼きがこんなに甘いんだ……」
「え?普通でしょ?」
「普通じゃないって。普通の卵焼きは、だし汁で味付けしてあるもんだろ」
「それだとだし巻き卵じゃない」
「お前なぁ……お菓子じゃないんだぞ?なのにこんな甘い味付け……」
「でも美味しいでしょ?」
「不味くはないけどな。お菓子ばっかじゃなくて、ちゃんと料理の腕も磨いた方がいいんじゃないか?」
その言葉に朱夏がカチンときたのは言うまでもない。
「何よ!それじゃあまるで私の作る料理が不味いみたいじゃない!」
「そうだな。卵焼き一つ満足に作れないようじゃ、まだまだって事だろうが!」
「はぁ!?そんなに言うなら食べなきゃいいじゃない!」
「別に食べたくないとは言ってないだろ」
「そうよね、このお弁当取り上げられちゃったら、他に食べるものないもんね〜」
「ハッ、別にたかだか一食抜いたくらいじゃどうって事ねーよ」
「じゃあこれは没収!」
「何してんだ、返せよ朱夏!」
と、そんな感じで、それからずっと互いに謝る事もしないで今に至るのだ。
二人共、このままの状態が続くのは嫌だし、仲直りしたいと思っている。
でも、どうしても自分から謝る事はできなくて。
そもそも卵焼きの味付けだって、地域や各家庭によって千差万別なのだ。
関東では甘い卵焼きが好まれるし、関西の方では甘みを抑えた方が好まれる、という特色だってある。
特に愁は県外から月羽矢に来ている寮生だし、普段慣れ親しんでいる味付けと違っていても不思議ではない。
だから余計に、どちらが悪いとは言い切れなくて。
難しい所だ。
それでもやっぱり、お互いに好きだから。
「コレ。文句は言わせないわよ」
お昼になって、朱夏は愁の机にドンと少し乱暴にお弁当箱を置く。
「……おう」
愁は取り敢えずそう言ってお弁当を開けると、真っ先に卵焼きに箸をつける。
「……うん」
その反応を見て、朱夏はフンッとそっぽを向くと、自分の席へ戻ろうとする。
「朱夏」
「……何よ」
「美味い。……どっちも」
愁のその言葉に、朱夏は得意気な笑みを浮かべて言う。
「トーゼン」
その事に、愁も笑みを浮かべた。
実は朱夏は、今度はちゃんと甘さを抑えた卵焼きを作ってきていて。
愁は前日に食べた甘い卵焼きも、この甘くない卵焼きも、どっちも美味しいと朱夏に言ったのだ。
それが分かるのは、本人達だけで。
お互いがお互いの事を、ちゃんと分かっているから。
ケンカしても、すぐに仲直りができる。
=Fin=