大学に入って数週間。
 毎回のように思う事がある。
「あぁもう、くそ……っ!」
 やっぱりあの時、反対していればよかった、って。


≪新しい環境≫


 事の起こりは入学式後のオリエンテーション期間を経て受講講義を登録する時だった。
「弓近。お前、一般教養の講義は何を受けるつもりだ?」
「何って……琴音は何がいい?」
 特に受けたいと思う講義もなかったし、琴音に合わせればいいと考えていた弓近に対し、彼女は意外な事を言った。
「……弓近。特に希望がないのであれば、私とは違う講義を受講しろ。いいな」
「は!?何で」
「必須講義ならともかく、それ以外まで一緒のものを受ける必要はないだろう?」
 そう言った琴音の表情は、至極真面目で。

 ……仮にも恋人兼婚約者候補の俺に対して、その態度は酷くないか、琴音。
 というか。
 琴音を一人にするのは、非常に、物凄く、俺が嫌なんだが。

 琴音の言葉にショックを受けながらも、弓近がそう考えていると、琴音が口を開いた。
「勿論、ちゃんと理由があっての事だぞ?一般教養なんて、何が、いつ、どこで役立つか分からないんだ。必要ないと切り捨てるには惜しいだろう」
「それは……まぁ、そうだが」
「一度に全部の講義は受けられまい。それならば、私とお前で分担して講義を受けるのが一番効率がいい。違うか?」

 琴音のその発言は。
 完全に先の将来を見据えたもので。
 確かに今この瞬間を一緒に過ごす事も大事だろう。
 だけど、先を見据える事も確かに大事で。
 今回の場合、どちらを優先させるべきかと問うならば、完全に後者だ。

 同じモノを見て、同じ事を体験し、同じ考えを持つ。
 そうやって様々な事を共有する事は大切だ。
 だけど、将来月羽矢グループを背負う事になるであろう琴音や俺は、それだけではダメなのだ。
 万事が順調に上手く行く事なんてない。
 必ずどこかで行き詰る事はあるだろうし、窮地に立たされる事もあるかもしれない。
 それを乗り切る為に必要なのは、知識と経験。
 二人が同じ知識と経験しか持ち得ないのであれば、それは一人と同じだ。
 だけど。
 違うモノを見て、違う事を体験し、違う考えを持つ。
 そうすれば、互いに意見を出し合って、刺激し合って、新たな発想に繋げる事もできる。
 あとは二人の根本的な部分が同じであれば、問題ないのだから。

「……分かったよ。一般教養は別々の講義を受けよう」
「弓近は物分りが良くて助かるよ」
 と、そうして結局、それに関しては別々の講義を受ける事になったのだが。


 弓近は一般教養の講義が終わると、すぐに琴音との待ち合わせ場所に向かう。
 すると、そこで毎回目にする光景は。
「彼氏なんていいじゃん、そんなのほっといてさ」
「そうそう、今から一緒にどっかに遊びに行かない?」
「同じ講義受けてるんだしさ、いい加減アドレス交換ぐらいしようよ」
 そうやって、ナンパされている琴音の姿だった。

 ナンパしているのは琴音と偶然にも同じ講義になった奴らが主だが。
 たまに、偶然琴音を見かけて声を掛ける奴もいる。
 高校時代なら、まだあの宣言があったし、俺も常に傍にいれたからよかったんだ。
 でも、今はそうはいかない。
 大学内で琴音はまだまだ知られていないし、俺という恋人だっている。
 宣言については出来るハズもないし、どのみち言っても無駄な奴らばかり。
 必須講義や専攻の科目なら一緒にいられるが、別々の講義の時はどうしたって教室は違うし、下手をすればかなり遠くになる時だってある。
 そうすると、琴音が一人で行動する時間が出来てしまって。
 毎回毎回誰かしらにナンパされてるんだ、琴音は。
 ……俺の存在を知らない奴ならまだ許そう。
 だけど、知ってて声掛けるって、どんだけ図々しいんだよ!?

「琴音っ!」
「弓近。ようやく来たか」
 弓近の姿を見て、琴音は笑顔になるが、声を掛けていた男達は眉を顰めチッと舌打ちする。
 その事に、弓近はいい加減腹が立って抗議する。
「あんたら、毎回毎回ヒトの彼女に手ぇ出そうとするの、やめませんか?」
 これで相手が常識のある普通の男だったら、どんなに良かっただろう。
 だが。
「別にぃ?いいじゃん、一緒に遊ぶくらい」
「そうそう。そんなに独占欲強いと嫌われちゃうよ〜?」
 見た目からして、いかにも遊んでます、という風貌の男達に、常識や良識は通用しないらしい。

 本当はひたすら無視するか、一度痛い目見せてやるのが一番効果的だとは思うのだが。
 無視してもいつ諦めるか分からないし、暴力に訴えるのはどうかと思う。
 それに、厄介な問題が一つ。
 確かに琴音は目を引く美人だ。
 だが、月羽矢という苗字を知れば、誰だってあの月羽矢グループを思い浮かべる。
 それだけでお近付きになりたいと思う輩は、かなりしつこい。
 最初は見た目で近付いて。名前を聞いて魂胆を変える。
 それが一番厄介なのだ。

「あのな……」
 そう言いかけた弓近を、琴音が遮った。

「弓近は私が選んだ婚約者だ。独占欲?大いに結構。それに私の方が嫌われたくはないのでな。彼の望まない事をしようとは思わない」

 この言葉には、その場にいた者全員が唖然となった。
 何とも大胆な告白というか、なんというか。
「では行こうか、弓近」
 琴音にそう言われて、弓近はハッと我に返る。
「お、おう」
 後に残された者達は、何も言えずにただ呆然と二人が去って行くのを見送るしかなかった。


 暫く歩いた所で、弓近は気になって聞いてみる。
「ええと、琴音?さっき言ってた事なんだけど……」
「ん?何かおかしな事を言ったか、私は」
「や、おかしくはないけど。むしろ嬉しいっていうか……」
「そうか。ならばそれでいいだろう」
 あっさりと済ます琴音に、弓近は拍子抜けする。

 琴音。お前結構凄い事言ってたぞ?
 なのに照れとか一切ナシですか。

「……まぁ、あれは私の本心だからな。一度は諦めて手放しかけたものが手に入ったんだ。私がそれを手放すと思うか?」
「……思わねぇよ」
「だろう?」
 満足げにそう言う琴音は、とても満ち足りた表情をしていて。
「……俺も」
「ん?何だ?」
「俺も、琴音の望まない事はしない。琴音に愛想尽かされたくないからな」
 弓近がそう言うと、琴音はとても嬉しそうに、幸せそうな表情を浮かべた。


 まだまだ始まったばかりの大学生活。
 この先に何が起こるか分からないけど。
 二人が同じ気持ちなら、きっと上手くいく――。


=Fin=


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 ・弦矢 弓近(つるや ゆみちか)……大学一年生。琴音の恋人兼婚約者候補。

 ・月羽矢 琴音(つきはや ことね)……大学一年生。月羽矢グループの跡取り。



響湊様、お待たせ致しましたw
弓近&琴音の本編後・大学のお話希望という事でしたが、いかがでしょうか?
ご期待に沿うものであれば、幸いです。
では、171717HITキリ番、おめでとうございます☆