≪桜日和≫


 それは、麗らかな春の日が続くようになったある日の事。
「幸花。今度、お花見に行こうか」
「お花見?」
 龍矢の提案に、幸花は首を傾げた。
 確かに、外を見ればあちこちで桜の蕾が花を開き始めている。

「新学期が始まる前に、二人でのんびり出掛けよう?」
 そう言って柔らかく笑う龍矢に、幸花は満面の笑みを浮かべた。
「うんっ!じゃあ私、お弁当作るね」
「楽しみにしてる」
 そうして二人は微笑み合った。


 数日後、よく晴れた青空は絶好の花見日和で。
「桜の花も、今が丁度見ごろみたいだな」
 電車の窓から見える景色に、龍矢がそう言う。
「本当だ。えへへ、楽しみ」
 二人が向かっているのは、少し遠くにある自然公園だ。
 毎年、多くの花見客で賑わうらしい。
「着いたら、どこか座れる所を探して、そこでお昼にしようか」
「うん」
 ベンチなどが空いていなかった時の為に、レジャーシートも持ってきているし、準備は万端だ。

 そうして目的地に着くと、幸花は歓声を上げた。
「ぅわぁ……っ!凄く綺麗……!」
「本当、見事だな」
 人混みもさる事ながら、その桜並木には目を瞠るものがあって。
 辺り一面を薄桃色に染め、見事に咲き誇っていた。
 そうして、穏やかな風に乗ってひらひらと舞う花弁は、儚くも美しくて。
 並木道を歩きながら、幸花は年相応にはしゃぎ、龍矢はその姿を視界に入れて微笑みながら、ゆっくりとその後を歩く。
「ね、龍矢さん。綺麗だね」
「そうだな。ここまで見応えのある景色は初めて見たよ」
「私も。あ、龍矢さん、あの辺り空いてるよ?」
「じゃああそこでお弁当にしようか」
 幸花が空いているベンチを見つけ、二人でそこに腰掛けると、持ってきたお弁当を膝の上に広げた。

「今日はおにぎりにしたのか」
「うん。お花見だから、簡単にピックで食べれるものにしたの」
 幸花の作ったお弁当のおかずは、定番の卵焼きやウィンナー、から揚げの他にも、うずら卵をベーコンで巻いた物などあって。
 そのいくつかに、少し長めのお弁当ピックが刺してあった。
「外でお箸落としたら食べれなくなっちゃうでしょ?」
「へぇ、成程。……いただきます」
 そう言って手を合わせると、龍矢はおかずをいくつか食べる。
「……うん。どれも美味しい。やっぱり幸花は料理上手だな」
「えへへ、ありがと」
 龍矢の言葉に少し照れながら、幸花もお弁当を食べる。
「そうだ。はい、龍矢さん。お茶も飲んでね」
 そう言いながら、幸花は水筒のお茶をコップに注いで龍矢に渡す。
「ありがとう……あ」
 すると、偶然にも桜の花びらがコップに入って。
「花びら、入っちゃったね」
「でも、こういうのも、中々風情があっていいと思わないか?」
「うん。なんか、いいかも」
 そうしてお互いに顔を見合わせると、ふふっと笑う。

 お弁当を食べ終わってからは、二人は暫くお茶を飲みながらのんびりと桜を眺めて。
 ふと、何かに気付いたように龍矢が声を掛ける。
「幸花」
「なぁに?龍矢さ……」
 小首を傾げてそう問う幸花を、龍矢はいきなり抱き寄せて。
「りゅ、龍矢さんっ」
 外で人も大勢いる事もあって、幸花は慌てた声を出す。
「じっとして……」
 けれど龍矢は囁くようにそう言って。
 暫くすると、またふいに離れた。
 と同時に、花の形をそのまま残した、がく付きの桜を見せられて。
「ほら、幸花の髪に付いてた」
「あ……」
 龍矢が髪に付いた桜を取ってくれていただけだと分かり、幸花は複雑そうな表情を浮かべた。
 それを見て、龍矢は幸花の耳元で囁く。
「キス、して欲しかった?」
 それを聞いて、幸花は途端に顔を真っ赤に染める。
「龍矢さ……!」
 咎めるように幸花はそう声を上げるが、それを途中で塞ぐように、龍矢は掠めるだけのキスをした。
 当然、それには幸花もびっくりして。
 慌てて周囲に視線を彷徨わせる。
「大丈夫。皆この見事な桜に見入ってて、誰も俺達の事なんて気にしてないよ」
 そう言ってイタズラっぽい笑みを浮かべる龍矢に、幸花は怒ったように顔を背ける。
「もうっ、龍矢さんのバカ」
 そう言いながらも、幸花少しだけ体を龍矢に寄り掛からせて。
 それに気付いた龍矢は、何も言わずに笑みだけ浮かべて、また桜に視線を向けた。


 たまには、こうして。
 寄り添い合いながら、ゆっくり花を見るのも、悪くない。


=Fin=


               Copyright (c) 2011 lion futuki all rights reserved

 ・向日 幸花(むかひ さちか)……月羽矢学園高等部一年。龍矢と一緒に住んでいて、家事全般をこなしている。

 ・盾波 龍矢(たてなみ りゅうや)……月羽矢学園高等部数学教師。幸花の恋人兼従兄。後見人でもある。


琳架さん、お待たせ致しましたw
リク内容は、「relianceの二人の甘々ほのぼの」という事でしたが、こんな感じでいかがでしょうか?
ご期待に沿うものであれば良いのですが……。
一日も早い現状の打開と、そしてこのお話のような、穏やかに過ごせる日々が戻る事を願っています。