ある放課後、正弥が職員室に戻ると、そこには懐かしい顔があった。
「お前……今国、か……?」
「あ、百乃木先生!お久し振りですっ!」

 まさか、彼女にもう一度逢えるとは思ってもみなかった――。


≪Over the time≫


 彼女、今国和歌奈(いまくに わかな)は、百乃木正弥(もものぎ まさや)がまだ新任教師だった頃に高校三年生だった元生徒だ。
「どうしたんだ?卒業してから一度も顔見せに来なかったくせに」
「ええと、今度やる教育実習の申し込みに来たんですよ」
 成程。教育実習生は毎年数名。それぞれが各自で卒業校に教育実習を申し込んで受けるのが通常だ。そうすると……。
「お前教師になるの?」
「はい。先生と同じ国語の先生ですよー?」
「……ふーん。ま、せいぜい頑張れよ」
「あ、先生酷ーい」
 と、その時は笑って過ごしたのだが。

「百乃木先生。これから二週間、ご指導の程、宜しくお願いします」

 正弥は、まさか自分が和歌奈の担当教官になろうとは、露ほども思っていなかった。


「緊張する?」
「当たり前じゃないですか……」
 正弥は担任を持っているので、自然、和歌奈もHRなどに顔を出す事になる。初日の今日は勿論挨拶をしなければならない。
「おいおい、大丈夫か?最終日には授業しなきゃならないんだぞ?」
「分かってますよ。ちょっと緊張してるだけで、大丈夫です」


「今日から二週間、教育実習生として皆さんと一緒に過ごす事になる、今国和歌奈です。皆宜しくね」
 和歌奈が壇上で挨拶すると、途端にクラスの男子生徒から野次が飛ぶ。
「センセー彼氏いるのー?」
「年幾つー?」
「え、え?」
 和歌奈は基本的に背が低く、可愛らしい顔立ちをしている。
 その上質問攻めにされて、真っ赤になって慌てふためいている姿が余計に彼女を幼く見せた。

 まるで、あの頃のようだ。彼女が高校生だった頃の。

 その事に何故か正弥は少なからずムッとする。
「お前ら困らせてどうする。……教育実習は大抵、大学四年だ。そんくらい覚えとけ。で、プライベート聞くの禁止」
 正弥の助け舟に和歌奈はほっとした顔をし、男子生徒からはブーイングが起こる。
「えー何でだよー」
「聞いてもいいじゃん。何でモモセンセが決めるのさ」
「実習生とはいえ一応教師に手ぇ出す気かお前ら?」
 内容こそは咎めるものだが、正弥の言い方は頭ごなしではない。
 だから、生徒達は何だかんだ言っても大抵正弥の言う事は聞く方だ。
「んじゃーこの話は終わりにすっぞー。……今国先生はHRと俺の授業の時に顔合わせる事になるからなー」
 教室内のあちこちから返事が上がり、その後は通常のHRが始まった。

「しっかし……一応ちゃんと自己紹介出来たじゃん」
「……当たり前じゃないですかっ!」
「んー?昔、新入生歓迎会の部活紹介の時に緊張してトチってた文芸部部長はドコの誰だったかなー?」
「っ!そんな事忘れて下さいよー!」
 職員室に向かう途中で正弥は和歌奈をからかう。
 彼女の反応を見れば見る程、昔の事が鮮明に蘇ってくる。
 時々、高校生の時の彼女と姿がダブるのは、彼女があの頃のまま変わってないからなのだろうか?


 初めての授業を終えると、和歌奈は感激したように言う。
「私、先生の授業って初めて聞きました!凄く分かり易かったです!」
 元生徒、とはいっても、実際に正弥が和歌奈の授業を担当した事はない。
 二人の接点は文芸部の副顧問と部長といったものだ。
「……お前もあんな風に授業するんだぞ?」
「……が、頑張ります……」


 実習期間中、正弥と和歌奈は大抵一緒に行動する。
 必要な教科書などをギュッと腕に抱えて、ちょこちょこと自分の後ろを一生懸命付いてくる姿が何だか子犬みたいで、正弥は自然と口の端を上げる。
「……センセ?」
「ん?何だ?」
「いえ、何だか楽しそうな顔してるから……」
「……そうか?あ、そうだ。文芸部にも顔出すか?」
 指摘されて正弥は慌てて顔を引き締めつつ、話題を逸らす。
「はい!」


 文芸部の部室に顔を出すと、和歌奈は早速部員に囲まれた。
 その光景を見ながら正弥はある事を思い出す。

 当時和歌奈は、部活を引退した後もよく部室に顔を出し後輩に囲まれていた。
 だから彼女が卒業した後、文芸部の部室を見て正弥は「あぁ……アイツはもういないのか……」と思った記憶がある。
 その時は何故そう思うのかが分からなかった。

 今の今まで忘れていた。
 そうして再び同じ光景を見て、正弥はようやく理解する。

 何だ、俺。
 彼女が好きなのか。

 そう思っていると、今度は自分が生徒に囲まれた。


「先生って、相変わらず女生徒にもててるんですね」
 文芸部員から逃れた正弥に和歌奈がそう言う。ちなみに文芸部の大半は女生徒だ。
「あ?相変わらず?」
「そうですよ。私の時も“新任の先生カッコいい〜”って女の子は皆言ってましたもん」
「……それはお前も?」
 正弥が聞くと、和歌奈は顔を真っ赤にさせて必死に言う。
「だ、だから皆ですよ。皆!」
 その慌てようにもっと突っ込みたくなったが、ちょうど別の先生に呼ばれて、正弥は渋々その場を離れた。


 月日が経つのは早いもので、二週間はあっという間に過ぎ去った。
 無事実習授業も終え、HRで和歌奈は少し涙ぐんでいた。
「少し寂しくなるな……そうだ、この学校の教員採用試験受けてまた来いよ」
「え……」
 そうすればまた一緒にいられる。
「あの、私……」
 和歌奈が何か言いかけた時だった。

「無事教育実習を終えたので、皆で飲みに行きませんか?」
 そう言ったのは飲み会好きな年配の先生だった。


 同僚の誘いなら断れるが、年配の先生の誘いを断る事は出来ず、正弥も和歌奈も強制参加だった。
 あまりこういう雰囲気が好きではない正弥は端っこの方で飲んでいたのだが、暫くして一応本日の主役の一人とされていた和歌奈が側にやって来た。
「せんせ〜、飲んでますかぁ?」
「……あー。お前酔ってるだろ」
「まだ大丈夫ですー」
 そう言いながら和歌奈は正弥の隣に座った。

「……私、センセーの事ずっと好きだったんです」

 突然言われた事に、正弥は動きを止める。
「は……?」
 彼女は酔ってるのだろうか?それとも……。
 幸いな事に周りには誰もいないし、周囲がうるさくて普通に喋っている位では聞かれる事はない。
「部活引退した後も、先生に逢いたくて文芸部に顔出してたんですよ?……大学生になって、ちょっとは女の人として見て貰えるかなって思ったのに、先生ってばずっと元生徒扱いするから、ちょっと悲しかったんです」
「え」
「でも、さっき“また来いよ”って言われて嬉しかった……」
 お酒のせいではなく頬を染める和歌奈に、正弥は嬉しくなる。

 何だ、じゃあ両想いじゃん。

 だが、酒の勢いで言っている感が少し気に喰わなくて。
 ニヤリと口の端を上げて言う。
「じゃあ、さ……」

 二週間ぐらい、お試し期間やろうか?


 ――それは、時を越えて実った想い――。


=Fin=

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一応「先生×生徒」と「先生×先生」を足して二で割った感じで仕上げてみました。
少し長くなってしまった感もあるのですが、いかがでしょうか……?
さ、さり気なくリク内容と違ってしまった気が……っ。