≪お試し期間≫
和歌奈は今の状況が信じられず、頭の中がパニックになっていた。
「取り敢えず、どっか行きたいトコあるか?」
「お、お任せします……っ」
何でこんな事になっているんだろう?
信じられない。夢だろうか?
まさか。
百乃木先生とデートする日が来るなんて……!
教育実習が金曜日に終了して、今日は日曜日。
携帯に電話が掛かってきて、でも相手の名前を確認してなくて。
電話に出たら、先生だった。
『あ、今国か?今から迎えに行くから、支度しとけよ?』
そう一方的に電話を切られ、和歌奈は一瞬呆気に取られて。
今の電話が信じられなくて、着信履歴を見たら正弥の番号が登録されていて。
迎えに行く、という言葉に取り敢えず慌てて用意をしたら、丁度電話が鳴って。
家の前にいる、と言うので家を出たら、本当に正弥が立っていた。
そうして促されるままに車に乗り込んで、今の状況、という訳だ。
「……あのぅ……」
「ん、何?」
車を運転中だから、正弥はちらっと視線だけを向けてくる。
「……何で、今日は誘って下さったんですか……?」
というか。
携帯の番号って、交換したっけ……?
「何でって……お試し期間だから?」
さも当然の事のように言われた言葉に、和歌奈の頭は?で一杯になる。
お試し期間って何〜!?
すると、そんな和歌奈の様子に気付いたのか、正弥が説明する。
「憶えてないのか?金曜日に打ち上げやった時にお前が俺に告白してきたんだぞ?」
「……えぇっ!?」
その事に和歌奈は真っ赤になる。
た、確かに言った覚えがあるような、ないような……。
「……で……先生のお返事は……」
とにかく今一番重要なのはその事だ。
実際にデートのお誘い?なんだし、OKだった可能性は高いが。
お試し期間が引っ掛かる。
「……憶えてないのか。俺は“二週間ぐらい、お試し期間やろうか?”って言ったんだよ」
呆れたように言うその言葉に、和歌奈は嬉しいような、哀しいような気分になる。
少なくとも、二週間は一緒にいてくれる。
でも、二週間を過ぎたら……?
和歌奈はその先を考えないように、頭を振る。
「えっと、じゃあ一応、再来週の土曜までですか?」
今日が日曜なのだから、単純に考えればそうなる。
「……そうだな」
そう言って正弥が目をほんの僅か細めた事に、和歌奈は気付かなかった。
「じゃあな。また後で電話するから。十時頃でいいか?」
「は、はいっ!今日はありがとうございました」
そうして走り去る車を見送って、和歌奈は息を吐いた。
結局、最初のデートは始終ソワソワしっぱなしで、和歌奈はデートの内容を殆どよく覚えていない。
いきなりで心の準備が出来ていなかったからかもしれないが。
とにかく緊張した。
「十時頃電話するって、言ってたよね……」
夜になって、和歌奈は自室のベッドの上で、十分前から正座をして電話が鳴るのを待っていた。
そうして十時になって電話が鳴ると、一度深呼吸してから出る。
「も、もしもしっ」
『……もしかして、緊張してる?』
笑いを含んだようなその第一声に、電話口で和歌奈は真っ赤になる。
「し、してませんよ!」
『そうか?ま、いいや。今日は楽しかった?』
「はい!本当にありがとうございました」
そうして大学の事とか、色々と他愛無い話をしていると、あっという間に一時間が経っていた。
『……もうこんな時間か……明日なんだけど』
「はい」
『夜、一緒に飯でも行かないか?』
「え……いいんですか?」
『お試し期間だしな』
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
『ならまた明日の夜な。おやすみ』
「はい、おやすみなさい」
電話を切って和歌奈は、フーッと息を吐いてベッドに仰向けになる。
何かにつけて“お試し期間”を強調する正弥に、和歌奈は複雑な気分だった。
まるで、その期間が終わったらそこで終わりのような気がして。
それからは何日か置きに、和歌奈は正弥と夕飯を食べた。
土日にはデートもして。
電話は毎晩くれた。
逢えるのが嬉しくて、話を出来るのが幸せで。
早くその時間になって欲しいと思うのに、二週間は過ぎて欲しくなくて。
複雑な気持ちのまま、土曜日が来てしまった。
「どうした?楽しくない?」
「え……?あ、いえ……楽しいですよ?」
今日のデートは、前々から一度来てみたかったアウトレットモール。
いつもなら好きなブランドのお店の服とかを見ているだけで、楽しい気分になれるのに。
今はちっとも楽しくなくて。
刻一刻と迫りくる時間が、どうしようもなく不安になった。
もう逢えなくなったらどうしよう。
電話も本当はしたくなかったって言われたら?
だって、今日までニ週間、何もなかった。
手が触れた事さえもなくて。
やっぱり、今日が終わっちゃったらお別れなんだ。
どうしよう。
……どうしよう……。
「……っふ……」
そんな事を取り留めなく考えていると、涙が出てきた。
「お、おい!?どうした?何かあったか?」
突然和歌奈が泣き出した事に、正弥は慌てる。
「これで終わりなんて、嫌です……っ」
「……終わり?何の事だ?」
「……お試し期間、終わっちゃう……」
その言葉に、和歌奈の言わんとする事を察知して、正弥は取り敢えず彼女をその場から連れ出して車に乗せる。
「帰るぞ」
「せんせ……や、嫌ですっ!まだ一緒にいたい……っ」
「黙ってろ」
「!」
静かに言われた言葉に、和歌奈は俯き、もう何も言おうとはしなかった。
「降りて」
「……ここは……?」
正弥に言われて降りると、そこは知らない場所だった。
無言で歩き出した正弥に付いて行くと、あるアパートの一室に招き入れられた。
「あの、ここドコですか……?」
「俺ん家」
そうして突然、玄関で抱き締められた。
「せ、んせ……?」
「ずっとこうして触れたかった……」
「え……」
和歌奈は頭が真っ白になって、何も考えられない。
「……告白が酒の勢いっていうのが気に入らなくて、ワザと“お試し期間”なんて言って。でも、触れたら我慢できなくなりそうで、ずっと触るの我慢してた」
「え、え?」
「くっそ……教育実習と同じニ週間にしなきゃよかった……」
どこか悔しそうに言う正弥に、和歌奈にもしかして、という期待が生まれる。
「さて今国。お試し期間が終わって、今後どうしたい?」
「……一緒に、いたいです」
「そうか。……俺もだ」
そうして、柔らかなキスが何度も振ってくる。
「和歌奈」
不意にそんな風に名前を呼ばれて。
嬉しくて和歌奈は泣き出してしまう。
「……俺の名前も呼んで?」
指で優しく涙を拭いながら、正弥がそう言う。
和歌奈はそれに、とびっきりの笑顔で答えた。
「……正弥さん、大好きですっ!」
すると正弥は、嬉しそうに微笑んで、もう一度キスをくれた。
「俺もずっと好きだよ、和歌奈」
そう言って。
=Fin=