和歌奈は無事に大学を卒業し、教員採用試験も受かって、四月から晴れて正弥と同じ学校の教員として働く事になった。
「しっかし……お前が教師、ねぇ……」
「あ、私には無理とか思ってるんですか?」
「そういう訳じゃねぇんだけどな……ま、ガンバレよ」
「はいっ」
嬉しそうに返事をする和歌奈だったが、正弥は心配そうに溜息を吐いた。
≪教師の立場と、恋人としてできる事≫
正弥は今年三年生のクラスを受け持ち、和歌奈は一年生のクラスの副担任だ。
「お前、他の先生に迷惑掛けんなよ?」
「かけませんよ!もう、生徒扱いしないで下さい」
「いや?新任扱い」
「〜〜っ」
二人は一応、周りには付き合っている事は内緒にしておく事にした。
別に教師と生徒という関係ではないのだし、職場恋愛が禁止されている訳でもない。
それでも和歌奈は一応新任教師なのだから、仕事に集中する為に公私混同しない事に決めたのだ。
まぁ、和歌奈は元卒業生だし、教育実習の時の担当教官が正弥だった為、二人が話していると周りはその延長だと思うだろう。
「じゃあ、百乃木先生。これから同じ国語担当としてよろしくご指導お願いします」
「おう、よろしくな」
だが数日も経つと、正弥の心配事が早速表面化してきた。
和歌奈は基本的に背が低く、可愛らしい顔立ち。
しかも緊張したり、何か失敗をして慌てたりすると、余計に幼く見える。
これでは男子生徒に目を付けられてもおかしくない。
それどころか、独身の男性教師にも目を付けられ始めていた。
ある日、職員室の角にある給湯コーナーに和歌奈が一人でいると、突然声を掛けられた。
「今国先生。今度、一緒に飲みに行きませんか?」
「え?あ、はい」
「それじゃあ……」
和歌奈が飲みに誘われているのを偶然見つけて、正弥はすぐに話に割り込む。
「飲み会の話なら、俺も混ぜてくれます?」
「……百乃木先生」
正弥が現れた途端に、相手は顔を顰める。
それを見て、内心チッと思いながら正弥はワザと言う。
「あれ、もしかして個人的に誘ってました?」
すると今まで気付いていなかったのか、和歌奈が驚いたように言う。
「そうなんですか?あの、個人でのお誘いはちょっと……」
「あ、いえ……皆で飲みに行こうって話です。あぁでも、その話はまた今度しましょうか」
和歌奈が断ると、相手はそそくさと去っていった。
相手がいなくなってから、正弥は小声で和歌奈に注意する。
「……すぐに返事するな」
「ごめんなさい……」
「お前、なるべく教官室にいろ。その方が誘われにくいし、俺も傍にいる可能性高いから」
「……はい」
正弥達の学校は職員室とは別に、各教科に担当教官室というものがある。
主にテスト期間中に、生徒達の出入りを禁止して問題作成の為に使われる部屋だが、普段からそこを使っている先生もいる。
正弥も和歌奈も同じ国語の教科担任。担当教官室は同じだ。
幸い、他の国語の教科担任は女性か既婚者なので、アプローチはされにくいだろう。
そうして独身男性教師からは護れたが。
流石に男子生徒達への牽制は難しかった。
部活は何とか文芸部の副顧問として自分の傍に置く事に成功したが、普段はそうもいかない。
一年生と三年生では教室の階も違うし、何かとすれ違う事も多い。
それに、廊下で呼び止められて授業で分からない所を質問されていれば、それを邪魔する訳にもいかない。
だが。
「センセー!これ、ココ教えてっ」
「あ、俺も俺もー!」
「ついでにセンセーのプライベートもー」
ムカつく事には変わりない。
「お前ら廊下にたむろするなー。他のヤツの迷惑だろ。職員室か教官室で質問しろ」
唯一正弥が出来る事はそう言う事だけだ。
「……で、誰だ?授業以外の質問をしてた奴は」
「じゃーセンセー、また後でっ」
「……ったく」
逃げていく生徒を見送って、正弥は溜息を吐く。
「ありがとうございます。ちょっと囲まれて困ってたから……」
「……困ったらさっきみたいに言うとか、急いでるとか何だかんだ理由付けて逃げろ」
「逃げるのはどうかと……」
またある時は。
「和歌センセー、コレの意味教えてもらっていいっすかー?」
「てか、センセー俺らの事覚えてる?」
「え?……あ、教育実習の時の……」
「そ、モモ先生のクラス。て事で、そのよしみで勉強教えて下さーい」
「え、えっと……」
「……ほぅ?お前ら……俺という教科担任がいながら、いい度胸だなぁ」
「げっ、モモせんせっ!」
「やば、逃げろっ!」
和歌奈の事を知っている生徒もいて、そっちの方が性質が悪い。
「担当してないクラスの奴まで相手にしなくていいから」
「でも……一応、教育実習の時に……」
「勉強口実にして話したいだけだから、適当にあしらっとけ。あわよくば彼氏になりたい、とか考えてるんだから、油断するな」
「はい……」
だが一番の問題は、いまいち和歌奈の危機管理が足りないという事だった。
自分が男から狙われているというのを自覚していないタイプ。
「これは……何か対策を考えないとな……」
和歌奈が教師になってからは、二人は学校が終わるとどちらかの家で一緒に夕食、という事が多くなった。
だがその日の正弥は、食事中からずっと考え事をしているようで。
今も二人掛けのソファに座って肘掛に頬杖を付き、何事か考えている。
仕方がないので、和歌奈は今の内にと食事の後片付けをする。
と、不意に正弥に呼ばれた。
「和歌奈、ちょっとこっち」
「はい、何ですか?正弥さん」
考え事が終わったのかと、和歌奈は正弥の隣にちょこんと座る。
すると正弥は、空いている方の手で和歌奈の左手を取って言う。
「なぁ……今度、指輪買いに行こうか」
「え……」
和歌奈はサッと頬を朱に染めて聞く。
「ど、どうして……」
「決まってんだろ。クソガキ共に、俺っていう彼氏の存在を誇示する為」
そう言って正弥は和歌奈の左手を自分の口元へと引き寄せると、その薬指に口付けた。
「お前は俺のモンだから」
=Fin=