私の彼氏、久我道行は、時々二重人格なんじゃないかと思う。
 だから、一日観察してみる事にした。


≪視線≫


 まずは朝。
 大体いつも同じくらいの時間に、私を家まで迎えに来る。
 いつの間にか道行は私の母親と仲良くなってて。
 準備を終えて玄関に行くと、よく二人で話している。
「もう、時音ったら。いつもいつも道行君を待たせちゃダメでしょ?」
「じゃあ、時音さんをお預かりします。時音、行こうか」
「あらあら、こんな娘だけどお願いね」
「はい」
 その時の道行の顔といったら!
 何この営業スマイル、っていうくらい爽やかな物で。
「……行ってきます」
 毎回自分の母親に、「騙されてる。騙されてるよ……」と言いたくなってくる。

 そうして一歩外に出ると、途端に爽やかな笑顔は引っ込んじゃって。
「まったく……俺が来るの分かってるんだから、時音はもうちょっと早く準備しようとか思わねぇの?」
 呆れながらそう言ってるのに、“困った奴だなぁ”って感じの苦笑気味の笑顔になる。
 ていうか。

 さっきまでウチの親に使ってた丁寧な口調はドコ行きましたか?


 二人でいる時は、道行は優しい笑顔じゃなくて、意地悪そうな笑顔をしている事が多い。
 それは朝の通学時も同じなんだけど。
 ある地点を過ぎると、急に仮面を被ったように優しい笑顔になる。
 その地点とは。
 チラホラと月羽矢学園の生徒が合流し始める地点。

 コイツは今まで、ずっとそうしてきたんだろうか?
 他人の前では、完璧な人間を保って。


 学校に着くと、周りから視線が集中してくるのがよく分かる。
 何せ道行は、私設ファンクラブが出来る程の人気ぶりなのだから。
 なのにそれらの視線は全部無視。
 まるで私しか目に入ってないと言わんばかりに、ずっと笑顔で話しかけてくる。
 こういう時は、好きな人の視線独占してる気がして、ちょっと優越感。
 ただし。
「アイツら全員うっとーしいって思わねぇ?」
 会話の内容は大抵がこんな感じなのだが。
 ……笑顔で言われると余計怖い気がするのは気のせいでしょうか?


 授業中は、視線がよく合う方だと思う。
 まぁ、席もそんなに離れてないし、前後してるっていっても、道行の方だって、頬杖ついてちょっと横見れば視界に入るぐらいだし。
 つまりほぼ真横で、二つ、三つ離れてる位。
 視線が合うと、ちょっと嬉しい。

 視線が合わない時は、道行は黒板の内容をノートに書き写してる。
 って当たり前だけど。
 真剣な横顔は、結構好きかも。


 お昼は遊菜と道行と三人で屋上で食べる。
 滅多に人が来ないから、ここは結構穴場。
 しかも道行の本性(?)を遊菜も知ってるから、道行はここでは表情を作らないし、口調も素だ。
 たまに夫婦漫才だって遊菜にからかわれるけど。
 作ってない、ありのままの道行の方が、やっぱり好きだなぁって思う。


 午後の授業を終えて私は部活に、道行は図書室に行く。
 何か行事がある時は、それの作業とか話し合いとかで、二人で教室に残るけど。
 だってクラス委員だもん……。

 道行は部活に入っていない。
 だから、私の部活が終わるまで、図書室で暇潰ししてるんだそうだ。
 道行曰く。
「図書室なら、静かにしてなきゃいけないから誰も騒がねぇし、写メで撮られる事もねぇし。暇潰しの為に本読んだり、課題やったりして退屈しねぇし」
 だそうだ。
 そうして部活が終わる頃に、部室まで迎えに来る。


 帰り道は朝と同じ。
 途中から作った笑顔を止める。

 ……こうして考えると、本当に普段と作ってる時のギャップが激しくて。
 二重人格じゃなければ、テレビに出てる芸能人並なんじゃないかって思う。
 芸能人も、結構テレビの時と普段のギャップが激しい人は多いみたいだし。


 一日の観察を終えて、時音がそう結論付けていると、道行が不意に彼女の頬に手を当てる。
「な、何!?」
 突然の事にビックリして時音がそう聞くと、道行は意地悪そうに口の端を上げてニヤリと笑った。

「今日一日……ずっと俺の事見てただろ。……もしかして、誘ってた?」

「っ……誘ってない!」
「何だ、残念」
 だが、その笑顔は何かを企んでいて。
「……でも俺は、ずっと時音の熱い視線を感じてたんだけど?」
 そう言って素早く口付けてきた。
 一瞬だけの、掠め取るようなキス。
 時音は真っ赤になって、慌てて周りを見回す。
 幸い、誰にも見つかっていないようだった。
「俺の部屋、寄ってく?」
「っバカ!」
 時音は、道行の熱の篭った視線から慌てて目を逸らした。


 好きな人の視線は独占したいけど……時々困る。


=Fin=