≪普通の定義≫


 それはあるお昼時の事だった。

「普通のデートがしたい」

 遊菜の話を聞いていた時音が、突然そう言い出したのだ。
「いきなりどうした」
「だって!今の遊菜の話聞いてたでしょ?普通のデートはこうあるべきなんだって!」
「こうあるべきも何も、同じじゃねぇか。待ち合わせして映画とか遊園地とか行くんだろ?」
 確かに道行の指摘した通り、遊菜の話した内容はごく一般的なデートだ。
「そうじゃなくて……私はもっと純粋にデートを楽しみたいの!人前で腰を抱き寄せるとか、キスするとか、そういう事を止めて欲しいの!」

 時音の言葉に、道行は少し考える素振りをする。
「そうか……なら、今度のデートは時音の言う“純粋なデート”をしようか」
 まさか、あっさりと道行がそう言うとは思っていなかった時音は拍子抜けしたが、同時にニッコリと笑みを浮かべている彼に、何かよからぬモノを感じて、 引き攣った笑みを浮かべた。


 そうしてデート当日。
 時音は半信半疑で待ち合わせ場所に向かう。

「時音」
 待ち合わせ場所に着くと、道行はそう声を掛けながら傍に近付いてきた。
 その事に時音はサッと身構える。
 通常ならココで腰を引き寄せられ、頬にキスでもしてくる所だ。

 だが。
「時音、どうかしたのか?」
 そう言う道行は、時音の前に立つと手を出す事なく、不思議そうに首を傾げた。
「あ、ううん。何でも……」
「そう。じゃあ行くか」
 そうして道行はそのまま歩き出してしまう。
 その事に時音が唖然としていると、少し歩を進めた道行が足を止め、振り返った。
「何やってるんだ。置いてくぞ?」
「あ……待ってよっ」
 時音はすぐに道行の隣に並ぶ。
 すると道行は再び歩き出した。

 守ってくれてるんだ、約束。

 そう思いながら時音は、ご機嫌で道行の隣を歩いていた。


 しかし。
 歩き出してすぐに、時音はある事に気が付いた。

 何だか周りの視線が、特に女の子の視線が道行に集中している気がする。
 そうして。
 その次に自分に向けられる、蔑みの視線。
 まるで、“何であんたみたいな女が隣を?”とでも言いたそうな。

 実際に学校でも似たようなものだから、それはすぐに分かる。
 ただ。
 思い返してみれば、今まではそんな視線、感じた事がなかった。
 いつもは道行に腰を抱き寄せられながら歩いていた為、それが恥ずかしくて、そればかりを気にしていたからだろう。

「まさか、ね……」
 まさか道行がわざわざ、自分が周りの視線を気にしないように、と考えてやっていた訳ではないだろう。


 デート中は、周りの女の子達の視線を除けば、ほぼ時音の理想通りの内容だった。
 つまり、道行が一切手を出してこなかったという事で。
 その事に何だか物足りなさを感じているの自分の状態に、時音は内心焦った。

 何物足りないとか思ってるの、自分!?
 デートっていったらこれが普通でしょうが!
 所構わず人前で腰が砕けるようなキスする方が間違ってるのよ!
 これは……私も相当毒されてるわ……。


 そうして日が暮れてきて。
 いつもならどこかに連れ込まれるか、道行の家に連行される事になる。
 時音は当然そうなるだろうと思っていたし、また道行は「今日一日、理想のデートをしてやったんだから」とでも言うだろうと思っていたのだが。
「じゃあそろそろ暗くなってきたし、帰るか。時音、家まで送ってやるよ」
 あっさりとそう言う道行に、時音は戸惑った。

 な、何で?
 有り得ない。
 ほ、本当にコレ、道行本人?

「どうした。帰らないのか?」
 なおも優しくそう言う道行に、時音は思わず言う。
「おかしいよ。こんなの全然、道行らしくない」
「……俺らしくない、か。そうだな。だけどそれを望んだのは他でもない時音、お前だ」
「そ、だけど……」

「……お前は俺に、どうして欲しいんだ?」

 呆れたようにそう言う道行に、時音は怖くなる。

 嫌われた?
 確かに、嫌われてもおかしくない。
 “純粋なデート”を望んだのは自分なのに、“道行らしくない”と相手を詰って。
 矛盾するのは当然なのに。

「……やっぱり道行は、道行らしくしてる方が、いい。我儘言って、ごめんなさい」
 反省して時音は素直に謝った。
「別にいいさ。時音は俺の彼女なんだから」
 道行がそう言ってくれた事に、時音は安堵する。

 が、次の瞬間。
「……そうか。時音は普段の俺の方がやっぱりいいのか」
 そう言った道行の笑顔は、何かを企んでいるのか黒く見えた。
「道、行……?」
「我慢した甲斐があったよ。時音の望みは俺が俺らしくしている事なんだろ?だったらこれからはもう遠慮する必要はねぇな?」
「え、え……?」
「覚悟しろよ?今までは手加減してやってたけど、今度からは遠慮なくヤらせて貰うから」
「何をっ!?」
「さ、俺の家に行くぞ」
 時音は道行に手を引かれ、素早く腰を抱き寄せられる。
 だが時音は、何とか抵抗を試みる。
「や、それとコレとは……!」
「遠慮するなよ。今日はヤキモチ妬かせた分、たっぷり可愛がってやるから」
「私がいつヤキモチ……」
「普段は俺に腰を抱かれて気付いてないみたいだったけど、今日のでよーく分かったろ?周りの視線」
「っ!」
「コレ、周りへの牽制の意味も込めてるから。大人しくしてろ?」
「でも……っ恥ずかしいってば……っ!」
 そうして結局、時音はそのまま道行の家に連れて行かれた。


 その人にとって何が普通かは、人それぞれ。


=Fin=


道行の方が一枚上手(笑)