≪本性≫


 その日の放課後、時音は用事があって、普段生徒が滅多に通らない廊下を歩いていた。
「あの、上条時音さんだよね?」
「はい?」
 呼び止められて振り向くと、そこには名前も知らない一人の男子生徒が立っていて。
「あの、何か用ですか?」
「えっと……俺と付き合って欲しいんだ」
 そう言われてしまった。

 これって……もしかして告白されてる……?

 だが、そもそも自分は誰かに告白されるような容姿はしていないな、と思い直し、怪訝そうに聞く。
「……どこにですか?」
「時音さんて、面白い人だね」
「はぁ……」
 相手にニコニコとそう言われ、時音は今、自分が何か面白い事を言っただろうかと考える。

 というか。
 何で初対面の人に名前で呼ばれてるんだろうか……?

「付き合ってっていうのは、俺の彼女になって欲しいって意味なんだけど?」
「は……えぇっ!?」
 最初にチラッと思った通り、いきなりの告白に時音は内心慌てる。

 何で?何で私?
 私なんてメガネだし、いっつも目付き悪いし!
 これが道行の耳にでも入ったら……。
 ヤバイ。それは絶対ヤバ過ぎる。
 告白されるのは隙があるからだとか何とか理由つけて、またお仕置きとかって……!

 考えがそこに至った所で、時音はソッコーで頭を下げる。
「ごめんなさい、絶対ムリです……っ!」
「絶対って……ちょっとは考えてみてくれないかな」
「あの、私ちゃんと彼氏いるんでダメです。ムリです。ごめんなさい」
「それって……久我君の事、だよね」
「え……知って……!」
 知っているならどうして告白してきたんだろうか。
「有名だからね。でも、彼にはファンクラブまであるんだ。裏では結構遊んでいるかもよ?」
「え……」
「彼、誰にでも優しいだろ?きっと泣き付かれたら断れなくてつい、って事もあるかもしれない」
「は……?」

 何を言っているんだろう、この人は。
 誰にでも優しい?違う。道行は仮面の下で相手を見下してる。
 泣き付かれたら断れなくてつい?そんなのありえない。奴はそういう輩はバッサリと冷たく切り捨てる。

 まるで見当違いの事を言っている彼に、何だか逆に罪悪感がしてきた。
「ねぇ、時音さん?そんな男より、俺と付き合おうよ」
 心なしかちょっと迫ってくる相手から、時音は思わず一歩後ずさる。
「あ……だからムリですってば」
 というか、いきなり告白してきて道行の悪口(?)を言っている彼は、まだ自分の名前を名乗っていない。
「それに道行の事抜きにしても、名前も知らない人と付き合えません」
「っと……まだ名乗ってなかったね。ごめんごめん、俺は」

「二年五組、シオサワアキト君?」

 相手が名乗ろうとしたその時。
 時音にとっては物凄く聞き覚えのある声がして、思わずビクッと肩を震わす。
「道行……」
「こんな所で何してるのかな、時音は」
「あ……美術部で使ってるイーゼルが一つ、使い物にならなくなっちゃって……予備は倉庫部屋にあるからって……」
 倉庫部屋というのは、その名の通り、物置部屋みたいなものだ。
 予備の机や椅子、年中行事の時にしか使わないような道具などが、置いてある部屋。
「ふぅん……で、その途中に彼に捕まったんだ」

 そう言って道行はシオサワ君に視線を向けると、絶対零度の笑みを浮かべる。

「人のモノに手を出しちゃいけませんって、幼稚園で習わなかった?」

「なっ……」
 底冷えするような低い声に、相手はたじろぐ。
「俺ねぇ……自分のモノに手を出されるのって、我慢ならないんだよね」
「っ……」
「これは君自身の意思?それとも……誰かの差し金?」
「そ、れは……」
「ねぇ、本当の所、どうなのかな?シオサワアキト君……?」
「……っ失礼しました!」
 シオサワ君はとうとう、真っ青な顔でその場から逃げ出していった。

「やれやれ……いい加減しつこいな」
「え、それってどういう……?」
「どうせ、ファンクラブの奴の差し金だろ。アイツ、結構女遊びしてるって噂あるし。無理矢理迫らしてキスシーンでも撮れば、そこから別れる原因が作れるとでも思ったんじゃねぇの?」
「そうなんだ……」

 それにしても。
 さっきの絶対零度の微笑みはマジで怖かった。

「ねぇ、道行」
「ん?」
「私って、道行のモノなの?」
「そう、俺のモノ。だから……」
「?」

「簡単に男に声を掛けられるような隙を作るんじゃねぇぞ?」

「……はい」
 予想していた言葉に、時音は少し苦笑する。
 そうして。
「じゃあ、後でお仕置きな?」
 その言葉にも、ちょっとだけ苦笑して。


 道行の素の表情を知っているのは自分だけ。
 それだけはちょっと、優越感。


=Fin=