≪移り香≫


 それは日曜日、時音と遊菜が一緒に買い物の約束をして出掛けた時だった。
 二人とも休日には大抵お互い彼氏と過ごしている為、最近にしては珍しい事だ。

「お待たせ。行こっか」
 時音がそう言うと、遊菜は不意に何か気付いたようだった。
「……時音って、香水付けてたっけ?」
 遊菜にそう聞かれ、時音は首を傾げる。
「香水?ううん、付けてないよ。何で?」
「そっか……あれ?でもこれって……」
 そう言って遊菜は少し考えてから言う。
「ううん。やっぱり何でもない。でも本当に時音とこうして出掛けるのって久し振りだよね」
「そうだよね」
 そうしてその日は何事もなく過ぎたのだが。


 次の日の月曜日。
 屋上でお昼を食べていた遊菜が何かに気付いて声を上げた。
「あ……やっぱりそうだ」
「……遊菜?いきなりどうしたの?」
「甲斐?」
 二人が怪訝そうな顔をしていると、彼女は納得したように頷く。

「一昨日の土曜日、もしかして二人ともずっと久我君の家にいた?」

「え゛……」
 遊菜の言葉に時音はぎくりとし、口元を引き攣らせる。
 だが道行は平然と――というより、少し面白そうに――聞く。
「どうしてそう思った?」
「んー、日曜に会った時、時音からいつもと違ういい香りがして。でも香水付けてないって言うし。で、なんか嗅いだ事ある香りだなぁって思って」
 その言葉に時音は赤面し、道行はククッと可笑しそうに笑う。

「多分俺が使ってる香水の香りで間違いないと思うぜ?部屋にも充満してるし、時音のは移り香じゃないかな。何せ泊まったし」

「道行っ!そういう事は言わなくていいのっ!」
 道行の言葉に、時音は真っ赤になって慌てる。
 だが道行はしれっと言う。
「別にいいだろ。時音は親公認なんだし」
「……親公認なんだ」
「〜〜っもう知らないっ!」
 そう言って時音は真っ赤な顔のまま、そっぽを向いてしまった。


 移り香は意外に本人は気付かないものだから。
 ……気付いても指摘しない方がいいかもしれない。


=Fin=