最初は本当に、ただの気紛れだった。
≪気紛れのその先≫
色々と都合が良いからしている優等生面も、それなりにストレスが溜まって。
誰もいない放課後、憂さ晴らしの為に教室で机を思い切り蹴り飛ばしたのが、そもそもの始まり。
「久我君……?」
この声にハッとしてそちらを見ると、同じクラスの女生徒が教室の入口で信じられないといった表情をしていた。
俺は顔を顰め、内心でチッと舌打ちする。
今まで誰にもバレた事なかったのに。
とんだ失態だ。
……まぁ、誰かに話した所で、信じる者は誰もいないだろうが。
取り敢えず、今のこの事態について色々聞かれると鬱陶しいなと思い、どうあしらうか考えていたら。
何と彼女――上条時音は、見なかったフリをし始めた。
へぇ……おもしろい。
予想外の反応に、俺は密かに笑みを漏らす。
そうしてゆっくりと近付く。
「上条時音」
「っ!」
名前を呼んだだけでビクッと怯える反応が、また嗜虐心をそそる。
「見たね……?」
「み、見てないっ」
「でも状況は一目で理解しただろう」
「別に誰にも言わないし、言ってもどうせ信じない」
「それはそうだな」
じわじわと追い詰めながら、逃げようとする彼女に、少しだけ猶予を与えておいて。
「でも……俺の本性知っちゃったでしょ?」
だけどすぐに耳元でそう囁いてやると、面白いくらいに彼女は固まった。
俺と対面した彼女は、まるで今にも噛み付いてきそうな程、警戒心剥き出しで。
強気な態度は組み伏せてみたくなる。
「悪いが男に媚びるような女より、多少気が強くてはねっ返りな方が好みなんだ。……気に入ったよ、上条時音。お前は今から俺の女だ」
そうして素早くキスをして。
一瞬呆然としていた彼女が我に返ると同時に、頬を思いっ切り引っ叩かれた。
「最低」
そうして彼女は教室を飛び出していった。
「へぇ?この俺に手を上げるとはな。さて、どうやって手に入れようか……」
本当に面白い。
暫くは楽しめそうだ。
暇つぶしと憂さ晴らしに、少しだけこの恋愛ごっこを楽しんで。
飽きたら止めればいいだけ。
そう。この時はまだ気紛れにそう思っただけだった。
女除けの為に彼女――時音を俺の女として横に置いて。
大抵の女はそうすると段々本気になるし、時音もそうだと思っていた。
だが時音は、そうなったらつまらないな、と思う俺の予想に反して、一向に靡く様子もなくて。
逆にそれが、段々と心地良いものに思えてきた。
くるくる変わる表情。
変わらない態度。
自分の地を晒せる相手。
一緒にいる内に、本気になったのは俺の方。
ただの気紛れが、こんな風に変化したのは俺自身も驚きだけど。
それならそれで、別にいい。
本気で手に入れるだけだから。
気紛れの、その先は。
予測不可能な恋の始まり。
=Fin=