≪見ていてはらはらします≫


 私の彼はヘタレです。
 なさけない、と表現した方が正しいでしょうか?
 そんな彼にも特技らしきものがあります。
 傍から見ていると一見、とてもそうは見えないんですがね。


 初めての方も、そうでない方もこんにちは。火乃子です。
 茂馬君はヘタレな彼氏、という事で、彼が何も取り得が無いダメダメ彼氏と思われているかもしれませんが。
 何も取り得が無い、という人間はいないと思います。
 人間、何か一つくらいは取り得があるものなんですから。
 勿論、茂馬君にだってそれはあります。


 前にもお話したと思いますが、茂馬君は図書委員です。
 茂馬君は本が大好きで。
 だから図書委員になったと言っても、過言ではありません。
 そんな茂馬君の特技は。
 一度に大量の本を運べる事。
 ……え?それのドコが特技なんだって?
 そうでしょうね。
 力持ちの方なら、きっと誰でもできる事でしょうから。

 茂馬君の特技は、“大きさの全然違う本を無造作に積み重ねて運べる事”なんです。
 それがどういう事かといいますと。

「……茂馬君。本の大きさ順に積み重ねて運んだ方が楽なんじゃない?」
「う〜ん、それはそうなんだけどね……本棚に並んでる順に積み重ねると、こうなっちゃうんだ」
「本棚に並んでる順?」
「うん。ほら、これだと上から順に本棚に戻していけるでしょ?本の大きさ順だと、そうはできないからね」

 という訳なのです。
 棚の前まで行って積み重ねてある本の下の方からいちいち抜き出すと、それだけでバランスを崩して本を落としかねないから、という事です。
 じゃあ上から順に戻していけばいいじゃないか、という事になるんですが。
 それだと棚を行ったり来たりしなくちゃいけませんからね。

「……でも茂馬君。持ってる本、グラグラしてるよ……?」
「大丈夫だよ、かのちゃん。こう見えても、一度も本を落とした事は無いから」

 自信あり気に茂馬君はそう言いますが。
 茂馬君の持っている本は、彼の顎の辺りまで積み重なっていて。
 しかも移動中は両手で持っているからいいんですが、本棚に戻す時は片手になるんですよ。
 一番バランスが崩れ易いです。
 なのにたまにちょっと上の方に戻す時なんか、微妙に背伸びしてますからね。
 いつ崩れて茂馬君が本の下敷きにならないかと、見ていてはらはらします。


 さて、お気付きになった方もいるでしょうが。
 茂馬君の凄い所は、バランス感覚だけではないのです。

「……ねぇ茂馬君」
「何?かのちゃん」

 本棚に本を戻しながら、茂馬君はこちらを向きます。
 ……本を持っている時だけは、何故か失敗しないのも凄いんですが。

「茂馬君て、殆どの本の場所覚えてるの?」

 そうなんですよ。
 どの本をどの棚に戻すか覚えていないと、本棚に並んでる順に本を積み重ねて運べませんからね!

「殆どっていうか……どの棚にどのジャンルの本が置いてあるか覚えてるだけだよ?後は本の背表紙に貼り付けてある棚札記号を見て……」

 図書室の本には、全て背表紙に棚札記号が貼ってあります。
 どの棚の何番目にこの本を置くか、というものが分かる代物です。
 ですが。

「茂馬君、戻す時殆ど棚札記号見て無いでしょ」
「あ、うん……そうだね」

 茂馬君は棚札記号なんか見る事無く、ひょいひょいと本を戻していくんです。
 他の人は、本棚に戻す前に一度棚札記号見てから戻してますからね。
 凄いと思います。

 これが茂馬君の特技なんです。
 きっと社会に出たら、資料整理にうってつけな特技です。
 茂馬君は、図書館の司書さんとかが天職だと思います。
 自分にあった職を見つけるのは難しいですから、ちょっとだけ茂馬君が羨ましいです。
 まぁ、いざとなれば私には茂馬君の所に永久就職という手もありますからいいですが。うふふ。

 さて、今度はどんな事が待っているんでしょうか?


=Fin=