≪そこで口篭らないでください≫


 私の彼はヘタレです。
 なさけない、と表現した方が正しいでしょうか?
 肝心な時に肝心な事をハッキリと口にする事ができません。

 まったく。
 その性格はどうにかできないのでしょうか?


 初めての方も、そうでない方もこんにちは。火乃子です。
 今回はちょっとだけ過去に戻って、私と茂馬君が恋人同士になった時のお話をしたいと思います。
 あの時は本当に嬉しかったです。
 今思い出しても、顔がにやけてしまいます。うふふ。

 茂馬君と私は、幼馴染です。
 小・中・高とずっと一緒だった私達。
 でも恋人同士になったのは、高校に入ってからでした。


 高校に入学してすぐの頃。
 私は今まで通り、茂馬君の面倒を見ていました。
 だって茂馬君はヘタレのお人好しですから。
 ちょっと目を離すと、すぐにクラス中のパシリにされかねませんからね。
 それに、私はもうずっと茂馬君の事が大好きでしたから。
 幼馴染という立場でいいから、傍にいたかったんです。
 ……私から告白ですか?
 できませんよ。
 だって、茂馬君は優しいですから。
 本当に好きじゃなくても恋人になってくれそうで。
 でもそれは嫌だったんです。相手の性格を利用して、縛り付けるみたいだったから。


 ある時、高校でできた友達に言われました。

「ねぇ、麻生さんて結城君と付き合ってるの?」
「ううん。ただの幼馴染」
「えぇー?高校生にもなって、付き合ってもいない相手の面倒見てるの?」
「……変、かな」
「変だよー。だってもう高校生でしょ?」

 高校生になったら、やっぱりただの幼馴染が傍にいるのには限界があるのでしょうか?

「そろそろお互いにイイ人見つけなきゃ。それに、その方が結城君の為にもなるって」
「茂馬君の?」
「だって、いい加減一人で対処できるようにならなきゃ、いつまで経ってもヘタレのまんまだよ?」
「うっ……」

 確かにそれは言えています。
 というか、それはつまり、茂馬君をヘタレに育ててしまったのは私という事なのでしょうか?

「ま、そういう事で。イイ人紹介するよ?」
「……イイ人?」
「うん、ていうかさー……麻生さんって結構モテるんだよ?知ってた?」

 ……それは初耳です。
 というか、今まで茂馬君以外に興味を持った方はいませんでしたから。


 結局私はその子に言い包められて、茂馬君の傍を離れる事になってしまったのです。
 茂馬君の為だと、自分に言い聞かせながら。

「ねぇ、茂馬君」
「何?かのちゃん」
「あのね?……いつまでも幼馴染が一緒にいるって、変、だと思うんだ」
「……え?」
「だからね?もう私達高校生になったんだし、茂馬君も自分の事はちゃんと自分で出来るようにならなきゃダメだと思うの」
「かのちゃん……?」
「いつまでも私が傍にいる訳にはいかないんだし」
「待って、かのちゃん。何、言ってるの……?」
「だからこれからは、もうちょっと距離を置こ……?」

 茂馬君は、泣きそうな表情をしていました。
 多分、私も泣きそうな表情をしていたに違いありません。
 だって本当は、こんな事言いたくなかったですから。

「……だ……嫌だよ、かのちゃん……どうしてそんな事、言うの……?」
「だ、だって……茂馬君、このままじゃダメになっちゃうから……」
「何が……?僕、嫌だよ。かのちゃんとずっと一緒がいい」
「ダメだよ。私が一緒にいると、茂馬君が一人で何も出来ない人になっちゃう。そう、言われたから……」
「……誰に言われたの?」
「……友達」
「僕が、情けないから?」
「……うん」

 暫くそのまま、お互いに無言が続きました。
 こんな事、今まで一緒にいた中で初めての事です。

「僕、かのちゃんに傍にいて欲しい」
「でも、それじゃあ……」
「違うよ。幼馴染としてじゃなくて……」
「え……」

 それはつまり。
 茂馬君も同じ気持ちだったという事でしょうか?
 そう考えて、期待してもいいんでしょうか?

「僕は、その……つまりえっと……かのちゃんの事、が……あの……」

 ……そこで口篭らないでください。

「えっと……その……か、かのちゃんが……その……」
「……茂馬君?」
「か、かのちゃんが……好き、です……」

 その時の茂馬君は、耳まで真っ赤になって。
 思わず私まで真っ赤になってしまいました。

「だから……こ、恋人として……これからは傍にいて、くれる……?」

 ああ、もうこれは。
 完全に落とされました。
 ただでさえ嬉しくて嬉しくて夢見心地なのに。
 そんな風に可愛く言われては、抱き締めずにはいられません。
 だから思わず茂馬君に抱き付いてしまいました。

「茂馬君、私も大好きだよ……っ!」
「か、かのちゃん!?」
「ずっと大好きだったの。なのに……ごめんね?距離を置くなんて言って」
「ううん。そのお蔭で、かのちゃんと……恋人、になれたんだから……」

 はにかみながら嬉しそうにそう言って、茂馬君は抱き締め返してくれました。
 こうして私達は、晴れて付き合う事になったのです!
 というか。
 思い返してみると、恋人同士になるのが遅すぎですね。
 でもいいんです。結果よければ全てよし、というじゃないですか。

 これが私達が付き合い始めた時のお話です。

 さて、今度はどんな事が待っているんでしょうか?


=Fin=