≪本音≫


 その日の達哉は、何だか様子がおかしかった。
 ずっと不機嫌そうな表情でこっちを見てくるくせに。
「どうかしたの?」
 って聞くと視線を逸らして。
「……別に」
 と答える。

 何度かそういう事を繰り返して、いい加減気になって、寿子は達哉の頬を両手で挟んで視線を合わせてから問い詰める。
「もう、何があったのか言ってくれないと、私も気になるんだけど?」
 すると達哉は、意を決したように真剣な表情で言った。

「あの男、誰?」

「……男?」
 突然そう言われ、だが何の事か分からない寿子は首を傾げる。
「誰の事……?」
「昨日……男の車に乗ってただろ」

 昨日……?
 男の車って、もしかして。

「貴寿の事?」
 寿子がそう言うと、達哉は顔を歪ませる。
「……俺の事、やっぱり彼氏として見れない?」
「え?」
「16じゃ、まだ高校生のガキじゃ、彼氏として相応しくない……?」
「達哉?」
 悔しそうな表情をする達哉に、寿子はいまいち状況が飲み込めない。
「俺、まだガキだけど。寿子を幸せにしてやる事も、出来ないけど」
 だが、達哉の真剣な声音に、口を挟む事が憚られる。
「それでも、寿子を好きって気持ちは、誰にも負けないから」
「……」

「俺が、ちゃんと寿子を幸せに出来るまで、待っててくれない……?」

 言葉が、すぐには出てこなかった。

 今まで、こんなにも真っ直ぐな想いを誰かにぶつけられた事はあっただろうか?
 大好きな人の、真剣な想い。

「……うん、待ってる。ちゃんと、幸せにして?」
 そう言うと達哉は、嬉しそうに破顔した。


「……で、貴寿って誰?」
 再び不機嫌そうにそう聞く達哉に、寿子は少しだけ笑って言う。
「あれはね、弟」
「……弟?」
「前にいるって、言わなかった?」
 そう言われて、達哉は脱力する。

 弟かよ……。

「何か俺、早とちりしてバカみてぇ……」
「私は、嬉しかったな」
「?」
「達哉の本音っていうか、気持ちが聞けて」
 ニコニコして言う寿子に、達哉は視線を逸らす。
「達哉?」
「……俺だってなぁ」
 よく見ると、達哉の耳は赤くて。
「俺だって、色々考えて不安になるんだよ。なんだかんだ格好付けて言ってみても、所詮ガキの戯言だし……でも」
 達哉は寿子に向き直って、真っ直ぐに目を見つめて言う。
「本音を言って寿子を引き止められるのなら、俺はいくらでも言うよ」

 意地なんて張らない。
 寿子がそれを望むのなら。

「愛してる」

 すると寿子は真っ赤な顔で、嬉しそうに微笑んだ。


=Fin=