≪お見合い写真≫
学校が休みの日。
自宅で寿子は母親から届いた封筒の中身を見て、「またか……」とウンザリした。
その中身がお見合い写真だったからだ。
「ちょっとお母さん。こういうの送るの、やめてくれる?」
『だって、アンタ一度も彼氏とか家に連れて来た事ないし、そういう話もないし……結婚適齢期になってから慌てたって、そうそういい人は見つからないんだから』
「だからって、私まだ教師になったばかりよ?」
『でもねぇ……お父さんの会社の部長の奥さんが世話好きみたいで、こういう話を持ってくるんだから仕方ないでしょ?』
それを聞いて寿子は頭を押さえる。
それは何とも迷惑な話だ。
きっと、自分の親戚は全部世話をしてしまったから、今度は自分の夫の職場に目を付けたのだろう。
「とにかく、私は受けないからね」
そう言って寿子は一方的に電話を切る。
「全く……彼氏の事なんて言える訳ないじゃない。自分の教え子、なんて……」
その時玄関のチャイムが鳴って、そういえば今日は達哉が来るって言ってたっけ、と思いながら玄関に向かう。
と、その途中で机の上に届いたばかりの見合い相手の写真がある事を思い出して、慌てて奥の部屋に放り込む。
「いらっしゃい」
ドアを開けて達哉を迎え入れると、彼は中に入るなり寿子を抱き締める。
「寿子、逢いたかった」
「昨日も学校で逢ったのに?」
クスクスと寿子がそう言うと、達哉は少し不機嫌そうに言った。
「……いっその事、俺、ココに住みたいぐらいなんだけど?」
最近、達哉はよくそう言うから、寿子は即答する。
「それはダメ」
「寿子が冷たい……」
「あのねぇ……」
「わかってるよ」
だが、その達哉の表情は、いつもどこか悔しそうで。
だから寿子は、そういう時は抱き締める事にする。
「……高校卒業までの辛抱だから」
「ん……俺、まだまだガキだな」
「……さ、上がって?何か淹れるわ」
「サンキュ」
そうして寿子が台所で飲み物を用意していると、不意に達哉が声を上げた。
「あれ?こっちの部屋、ドア開いてるなんて珍しい」
「!」
寿子の部屋に、奥へと続くドアは一つしかない。
それは、先程慌てて放り込んだお見合い写真がある部屋で。
寿子は慌てて制止の声を上げる。
「だ、ダメ!そっちの部屋は……!」
「こっちの部屋に、何かあるの?」
「っ!」
声を上げたのが逆効果だったと気付いた時にはもう遅くて。
次の瞬間、睨み付けるような達哉の視線が寿子に突き刺さった。
その手には、見覚えのある長方形の物を持って。
「コレ、何」
寿子には、別にやましい事なんて一つもない。
勝手に送られてきた物だし、先程電話でもキチンと断った。
だけど。
何故だか言葉が上手く出てこない。
「そ、れは……」
何か言わなければならない。
そう思うのに、視線が辺りを彷徨うだけで、何を言っていいか分からない。
ただ、誤解だよ、と一言言えばいいだけなのに。
「寿子、こいつと見合いして、結婚すんの?」
鋭い視線に射竦められ、思わず首を横に振る事もできなくなる。
「俺の事捨てて……そうだよな。高校生なんて、相手にならないよな」
自嘲気味にそう言う達哉の目は、酷く傷付いていて。
何かを言おうとする前に、達哉が口を開いた。
「じゃあもうサヨナラだな……寿子センセ」
「――っ!」
その一言に、寿子は愕然とした。
嫌だ。
こんなの。
失いたくない。
だが。
「……なんて俺が言う訳ないだろ!?俺から離れるなんて、絶対に許さない……っ!」
激しい怒りと、嫉妬と憎悪。
だけど、それが凄く嬉しかった。
「た、つや……達哉、達哉ぁ……!」
思わず寿子は泣きながら達哉に抱き付く。
「離さ、ないで……ずっと、達哉と一緒にいたい……っ」
「……寿子……?」
状況を把握しきれてない達哉は困惑したが、取り敢えず寿子を抱き締め返して、泣きじゃくる彼女をあやすように背中を撫でてやる。
幾分か寿子が落ち着いた所で、達哉は冷静になって話を聞く。
「寿子……これ、お見合い写真だよね?」
「……うん」
「お見合い、するの?」
「……しない」
「……俺の事、嫌いになった訳じゃないよな?」
「そんな!嫌いになる訳ない!」
「うん……なら、いい」
安堵したように微笑む達哉に、寿子はちゃんと話そうと思う。
「それ……母が勝手に送ってきたの……父の会社の上司の奥さんだかが持ってきたって。でも、ちゃんと断ったからね?」
「うん、分かった。……でも、良かった……俺、ついカッとなっちゃって」
「ううん。すぐに否定しなかった私も悪いから……」
そうして二人は視線を合わせると、クスクスと笑い合った。
「……早く、高校卒業したい」
「うん」
「そしたら、すぐに寿子の両親に挨拶に行って」
「……うん」
「俺が社会人として一人前になったら、結婚させて下さいって」
「ん……早く、そうなるといいね……」
今はまだ、許されない関係。
でも、いつかきっと。
そう遠くない内に、願いは叶う。
=Fin=