≪呼び名≫
達哉は英語教師である寿子の受け持つクラスの生徒の内の一人だ。
英語はほぼ毎日のように授業のカリキュラムに組まれているから、当然ほぼ毎日顔を合わせる事になる。
それはいいんだけど。
「寿子センセ〜、しつもーん。その問題って何で進行形なんですかー?」
「……この文は過去進行形だからです。で、先生の事はちゃんと葵先生って呼んでもらえるかしら?小岩井君」
……何で呼び方が寿子センセのままなのよ〜っ!
もし二人の仲がバレちゃったりしたらどうするのよ!?
そんな寿子の心配をよそに、達哉はどこ吹く風で。
「えー。だって寿子センセって感じだもん。なー?」
すると、あろう事かクラス中が頷く。
「うんうん、そっちの方が愛着あるって、せんせー」
「てか、葵先生も寿子先生も、どっちも名前みたいだから変わんないじゃん」
「じゃあ寿子せんせーって事で、授業進めちゃって下さーい」
「……っ」
何だか凄く彼の策略に嵌った気がするのは気のせいだろうか?
確かに、他の生徒も“寿子先生”と呼ぶようになれば、いい目晦ましになるだろう。
だけど。
それで他の先生方に、「もっと教師としての自覚を持って下さい」とか「生徒に侮られてるんじゃないんですか?」とか「いつまでも学生気分でいるのは……」とか言われちゃうのよーっ!
そうして寿子は、部屋で達哉と二人きりになった時に、文句を言ってみる。
「もうっ、普通付き合ってるのを隠す為に、“寿子センセ”って呼ぶのは止めるものじゃないの?」
「いやいや。だって今まで“寿子センセ”って呼んでたのが、いきなり“葵センセ”じゃ、逆に怪しまれるだろ。いつも通り、フツーにしとかないと」
……それは一理あるかもしれないけど……でもっ。
「他の先生達から嫌味を言われるのは私なんだけど?」
「それならちゃんと説明してるよ?時々“寿子センセ”って呼んでるの聞いた他の先生に怒られる時に。別にちゃん付けで呼んでるんじゃないから大丈夫だって」
あくまでも楽観的な達哉に、寿子は憮然とする。
「ほら、怒んないでよ。今はそれより、俺の事を見て?」
暫くムスッとしていた寿子だったが、次第に達哉が色々とちょっかいを掛けてきたので、その場はそれどころじゃなくなってしまった。
そうして、寿子の呼び名はというと。
結局生徒達の間ではもう“寿子先生”で定着してしまっていて。
……しかも何故か、「苗字でも名前でもどちらも似たようなものだから、より親しみを込めて」という生徒達の理由に他の先生方も納得してしまった。
「コレでよかったのかしら?」
「いいんじゃない?少なくとも俺は、学校でも寿子の事を堂々と名前で呼べるからいいけどね」
「……分かったわよ。愛称として受け取っておくわ。でも最終的に“寿子ちゃん”とか“寿子”って“先生”を付けずに呼ぶのはやめて頂戴ね?」
「……検討しときます」
その言葉に寿子はジロッと達哉を睨む。
「達哉?」
「あはは、大丈夫。流石に他の男共に呼び捨てとかでは呼ばせたくねーし」
「それは言えてる。他の人に呼び捨てにされるのは、私も嫌ね」
そう言って二人は、微笑み合ってキスを交わした。
呼び名は人それぞれ。
でも、私を呼び捨てにしていいのは、貴方だけ。
=Fin=