≪先生も大変≫


 その日、いつものように寿子の部屋に来た達哉は、机の上に何だか見覚えのある物を見つけた。
「このボールペン、どっかで見た事あるような……」
 暫く考えて、不意にそれをどこで見たのか思い出した。
「コレって確か、TVで宣伝してる通信講座の特典のボールペンだ」

 それは確かに、通信講座を始めたら貰える、という特典のボールペンで。
 つまり、それがココにあるという事は、寿子がその通信講座を受講しているという事だ。

「寿子って、そんなに下手くそな字だっけ……?」

 そう思って首を傾げていると、紅茶を入れた寿子が戻ってきた。
「首なんか傾げちゃって、どうしたのよ」
「ん……寿子って、そんなに字は下手じゃないよな。なのに何で通信講座?」
「え?……あぁ、このボールペン見て分かったのね。うーん。確かに、自分ではそんなに下手くそな方じゃないって思うんだけどね……」
 そう言うと寿子は、少し難しい顔をする。
「……私、パソコンってあんまり得意じゃないのね。それで、どうしてもテストとかは手書きになっちゃうのよ」
 言われて達哉が思い返してみると、確かに定期テストは殆どの先生がパソコンで作成している中、寿子は珍しく手書きだ。
「やっぱりね、気にしちゃう訳よ。テスト問題の字が汚いって生徒に思われてたらどうしよう、って」
「別に汚いとか読みにくいとかは思わないけど……」
 達哉がそう言うと、寿子は何故か溜息を吐く。

「生徒はそう思わなくても、今度は親の目に留まった時の事を考えると、ね……」

「親?だって、親はテストの結果は見ても、問題までは見ないだろ」
 不思議そうに達哉がそう言うと、寿子は首を横に振る。
「……通知表があるでしょう」
「成程」
 言われてみれば、通知表には先生が記入するコメント欄のような部分がある。

「色々と大変なのよ、教師も」

 そう言ってしみじみと息を吐いた寿子を、達哉は優しく抱き締めて、あやすように頭をポンポンと叩いてやった。


 教師という職業も、色々と大変らしい。


=Fin=