≪不安になるよりも≫
達哉は、どちらかというとモテる方だと寿子は思う。
明るいクラスのムードメーカー的雰囲気で人懐っこく、男女共から人気がある。
それは分かっていた事なのだが。
いざ、その場面を目撃すると、辛いものがある。
「小岩井君……よかったら、付き合ってもらえませんか……?」
寿子がそんなシーンを目撃したのは、校舎からは死角になる、人気のない渡り廊下で。
たまたまそこを通りかかった寿子は、咄嗟に逃げ出してしまった。
「達哉……告白、断ったよね……?」
そんな事を思いながら、寿子はその後の授業に何だか身が入らなかった。
放課後になって、寿子の耳に入ってきたのは、談笑している女子生徒達の話し声で。
「そういえば今日、小岩井君に告白した子がいるんだって」
「へぇ?」
「あ、あたしもそれ聞いた。でも結局フラレちゃったんでしょ?」
「小岩井君て、彼女いるのかな?告白されても全部断っちゃうでしょ」
その内容に、寿子は安堵すると同時に、嬉しくなる。
ちゃんと断ってくれてるんだ。達哉。
だが。
「でもさ、小岩井君て人気あるよね」
「顔は割と普通だけど、面白いから」
「その内、誰かと付き合うんじゃない?彼女の話、全然聞かないし」
「だよね。ウチの学校の人気のある男子の中でフリーなの、小岩井君ぐらいでしょ?」
「他は皆彼女持ちだしね。結構な人数が狙ってると見た」
「噂では、羽田さんもらしいよ?」
「マジ?学年一の美少女じゃん」
そんな彼女達の会話に、寿子は愕然とした。
その日は帰ってからも寿子は沈んだままで。
「達哉……本当に人気があるんだ……」
可愛いと評判の子の名前まで出て来て。
寿子自身も、その子が可愛いというのは納得できるし、自分よりも達哉と年も近いし、きっとお似合いだろうと思う。
「私なんか、全然可愛くないし……」
確かに達哉は、こんな自分でも可愛いと言ってくれた。
だけど。
本当に可愛い子というのは、きっと羽田さんのような女の子の事を言うのだと思う。
ふわふわの髪に、クリクリッとした大きな瞳。
簡単に折れそうな程細い手足に、標準的な女の子の身長。
女の私から見ても、思わず抱き締めてしまいたくなるような可愛さがあって。
「あんな可愛い子に告白されちゃったら、きっと達哉も……」
そう呟いて、寿子は溜息を吐いた。
その羽田さんが達哉に告白したらしい、というのを聞いたのは、週末の事だった。
寿子はその事にショックを受け、だが確かめる事はできなかった。
「うぅー……達哉……告白どうしたのかな……」
その日の夜は、ベッドに寝転んで枕を抱きながら、ずっとモヤモヤした気持ちで過ごして。
次の日。
「寿子」
達哉は当たり前のように寿子の部屋を訪れた。
「達哉……」
その事に、寿子の胸中には、喜びと不安が織り交ざっていた。
いつも通り、逢いに来てくれたという喜び。
もしかしたら、別れ話をされるかもしれないという不安。
そんな寿子は、複雑な表情をしていたのだろう。達哉が心配そうに顔を覗き込んできた。
「寿子、何かあった?」
「え……何で?」
「何か、スゲー複雑な表情してるから」
「そ、そうかな」
「……寿子はさ。悩み事あったりすると、自分の中に抱え込んじゃって、どんどん思考が悪い方に行っちゃうタイプだろ」
ズバリそう指摘されて、寿子は返事に詰まる。
「それは……その……」
「ほら。俺に話してみ?」
笑顔でそう言う達哉に、寿子は散々悩んだ挙句、言いにくそうに口にする。
「……達哉は、さ」
「うん」
「モテる、よね」
「うーん?どうだろ。まぁそれなりに」
「でしょ?だから……わざわざ私なんかと付き合わなくても、付き合いたいって思う子はいる訳だし……」
寿子の言葉に、達哉は一瞬で不機嫌そうな表情になる。
「……は?俺は寿子が好きだから付き合ってるんだけど?」
「わ、私だって達哉の事、好きよ?でも……教師と生徒なんて、リスク高いし。それならいっそ……」
寿子がそう言いながら俯きかけると、いきなり両頬に衝撃が走った。
達哉にペシッと少し強めに、頬を挟み込むようにして叩かれたのだ。
「寿子。両想いなのに、何で別のヤツを選ばなくちゃならないんだ?」
「だ、だって……」
「何。寿子は俺から離れたいの?」
「そんな事言ってないっ」
「じゃあ何でいきなりそんな事言い出すんだよ」
「そ、それは……」
寿子が言いにくそうにしていると、何かに思い至ったのか、突然達哉が訳知り顔になった。
「あーあー、そういう事ね。寿子、俺が告白されたってどっかから聞いたんだろ」
そう聞かれて、寿子はコクンと頷く。
「結構話題になったからな。成程ね……だけどな、寿子。俺はちゃんと断ったから」
「断ったの……?」
「断るに決まってるだろ。俺には大切な寿子がいるんだから」
「――っっっ!」
達哉の言葉に、寿子は真っ赤になる。
反則だ。そんな風に言うなんて。
凄く、嬉しい……。
達哉は寿子を抱き締めて続ける。
「俺は寿子じゃないと嫌だ。……絶対に手離さないから」
真剣な表情でそう言われ、寿子は嬉しくて思わず涙ぐんでしまった。
そうしてそっと達哉の胸に頬を寄せ、この幸せを噛み締めた。
考えて不安になるよりも。
本人の口から言葉を貰って、幸せになる方が絶対にいい。
=Fin=