≪咲き誇る花≫


「えー?お前“あの”氷人形≪アイス・ドール≫に告白したの!?」
「無理だろアイツは。誰とも付き合わないって噂だぜ?全然感情表に出す事ないし」
「でもさー、美人だよなー。風花六花」

 六花は黙って立っていれば清楚で気高い、まるで白ユリのような雰囲気だ。
 だがその陰で、彼女は≪アイス・ドール≫と呼ばれている。
 それは、感情を全くと言っていい程表に出さないのと、彼女の名である“風花”も“六花”も、雪を示す言葉だから。


 六花は、廊下を前から歩いてくるカップルに対して、ほんの少しだけ目を眇めた。
(また、違う彼女……)
 カップルの男の方を余り視界に入れないよう、六花は視線を逸らしてやり過ごす。
 通り過ぎた人物は、花村花月という。
 見る度にいつも違う彼女を連れていて、しかも長続きしない女たらし。
 多分、五日以上持った彼女はいないだろう。


 誰とも付き合う事をしない六花と、次々と彼女を変える花月。

 まるで接点のなさそうな二人だが、実は幼馴染だった。


 全く話をしなくなったのはいつからだったか……。
 そう思って六花は記憶を遡る。

 昔はいつも一緒にいた。
 家が近所で、どこに行くのも、何をするのも一緒で。
 そう、アレは確か……小五か小六の時。
 花月が、同級生の男の子にからかわれてからだ。

「お前本当に男か〜?俺らより、いっつも風花と一緒で。本当は女なんじゃねーの?やーい、やーい。女の子の花月ちゃ〜ん」

 そう言われて花月は、「もう話し掛けてくんな」と一方的に言ってきた。
 それからは話し掛けても全く答えてくれなくなって。
 それ以後ずっと疎遠だった。


「……ずっと、片想いのままか……」
 六花が誰とも付き合わないのは、あれからずっと花月に片想いをしていたから。
 小・中・高と、偶然一緒の学校だったが、想いは伝えられないまま、ただ時間だけが過ぎていった。

 成長するにつれ花月は女の子の間で人気が出始め、元々陽気な性格もあって、彼は“遊び人”として有名になっていった。
 反対に六花は元々大人しい性格で友達も少なく、花月に無視されるようになったのが原因で、感情を閉ざすようになっていった。


 そんなある日。
「雨……どうしよう、傘ないや……」
 放課後、図書室に寄ってから帰ろうとすると雨が降り出してきた。
 もう殆どの生徒が下校した中、昇降口の所で止みそうもない雨を見上げていると、後ろからすっと傘を差し出された。
「え……」
「入ってけ」
 六花が振り返ると、そこには花月が立っていた。
「花月く……」
 思わず名前を呟き、だが六花はその申し出を断る。
「ごめんなさい。親に迎えに来て貰うからいいわ」
 しかし。
「いいから入れ」
「ちょ……っ!」
 強引に腕を掴まれ、無理矢理一緒に帰る事になってしまった。


 高校は徒歩圏内の為、六花も花月も家まで歩きだ。途中で電車やバスに乗る、という手段はないから、ずっと同じ傘に入って距離は近いのに、二人の間には無言状態が続いていた。

「……なぁ」
 先に口を開いたのは花月だった。
「何?花村君」
 六花は俯いたまま、努めて冷静にそう答える。
 片想いの相手と、本当に久しぶりに二人きりになって内心どうしたらいいか分からなかったからだ。
 だが、不意に頭に水滴が落ちてきて振り向くと、花月が足を止めていた。
 傘で隠れて、その表情は見えない。
「花村君……?」
「何で」
「え?」
「何で“花村君”?さっき“花月”って呼んだじゃん」
 そう言って真っ直ぐに六花を見据える花月の表情は険しく歪んでいて。
 六花は視線を逸らして言う。
「……だって、私と貴方は、もう何の関係もない、赤の他人でしょ」
 それを口にするのが辛くて、言葉の最中にどんどん六花は俯いてしまう。
 だが次の瞬間、六花は花月に抱き締められた。
「ごめん……俺のせい、だよな。お前がどんどん感情を閉ざしていって、笑わなくなったの……」
「そんな……今更……」

 酷い、と思った。
 今更何故そんな事を言うのだろう。
 分かっていたなら、その時に声を掛けてくれればよかったのに。
 分かっていて、それでも放っておいたのなら、ずっとそうしていてくれれば良かったのに。

 こんな事されたら。

 ますます“好き”の気持ちが増えて、苦しくなるだけだよ……。


「俺がどうして彼女と長続きしないか、分かる?」
「……」
 突然そんな事を言われても、六花には全く見当もつかない。
「探してたんだ」
「何を……?」
「咲き誇る花」
「……?」
「六花の笑顔って、花みたいなんだ。咲き誇るような花」
「……それって」
 頭の中が真っ白になる。自分は今、何を言われているのだろうか?
「ずっと見たいと思っていた笑顔があって、でもそれは、六花自身の笑顔だったんだ。……他に代わりなんているワケないのにな」
「か…つき、く……?」
「笑って?六花。六花の笑顔が見たい」
 そうして向けられた花月の笑顔こそ、六花が自分に向けて欲しいとずっと望んでいたもので。
 嬉しくて六花は、自然と笑みをこぼした。


 それから暫く経って、あの“女たらし”花村花月と“アイス・ドール”風花六花が付き合い始めた、という話に皆が色んな意味でショックを受け、また、どうせすぐに別れるだろうと噂された。
 だが二人は一向に別れる気配はなく、それも衝撃を与えた。


「……そうだ。これだけは言っとかないと」
「何?」
「俺、今まで付き合った子に何にもしてないから」
「……キスも?」
「うん。言ったろ?探してただけだって。だから長続きしてないんだ。ずっと好きなのは、六花だけだから」
「……私も、ずっと好きだよ」

 大好きな人に、代わりなんていないから。


=Fin=

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 ・風花 六花(かざはな りっか)……氷人形≪アイス・ドール≫と呼ばれている、感情を全く表に出さない高校生の女の子。

 ・花村 花月(はなむら かつき)……次々と彼女を代える女たらしの男の子。六花の幼馴染で同級生。


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