≪お猫様の言う通り?≫
猫目家は、代々猫を奉っている小さな神社だ。
その次男坊である李玖は、かなり困っていた。
「なー、みうさん。いい加減、誰か他の人を選んでくれねーかなぁ……」
猫目家には少し変わった家訓がある。
その家訓というのが。
“お猫様が選んだ者と結婚する事”
というもので。
ここでいう“お猫様”というのは、家で飼っている猫の事だ。
それもただの飼い猫ではない。
代々、猫目家と共に歩んできた猫達の子孫なのだ。
その祖先は、神社で奉っている猫神とも言われている。
本当かどうかは怪しい所だが、一つだけ、不思議な事があるのだ。
代々の猫達は家族以外には絶対に懐かず、傍に近付くだけで威嚇行動をするのに。
これから家族となる人間には、初対面から懐くのだ。
逆に言えば、猫達が懐かない人間と将来を前提に交際しても、必ず破局する。
だからこそ、先の家訓が出来たのだ。
猫達が選んだ者=懐いた者と結ばれる運命なのだと。
そうして現在の飼い猫の“みう”は。
長男が彼女を連れて来て以降、他人にはやはり誰にも懐かないのだ。
始めは全く信じていなかった李玖なのだが、今までできた彼女とは全て破局を迎えていて。
それもそのハズ。
李玖にはもう既に過去、みうが懐いた相手がいるのだから。
「みうさ〜ん。マジで他の人選んでくれよ〜。もうアイツはいないんだしさぁ。それに……なんでよりによって俺の相手に“男”を選んだんだよー……」
そう。
過去にみうが懐いた相手は李玖の男友達なのだ。
といっても、当時は五歳児。
幼稚園にも保育園にも通っていなかった李玖の、唯一の友達で。
みうが懐いた事に、李玖は何も疑問を持たなかったし、相手は小学校に上がる前に親の都合で遠くに引っ越してしまった。
だが李玖の再三のお願いも虚しく、みうは「な〜ぅ」と鳴くだけで、うっとおしいとばかりに尻尾を振って。
李玖は深く溜息を吐くだけだ。
唯一の救いとしては、家族の誰も、みうが李玖の相手に男を選んだ、という事を知らない事だろう。
そんなある日。
神社の境内で掃き掃除をしていると、ひょっこりみうが外に出てきた。
「あれ、みうさん。焼き芋でも焼いて欲しいのか?」
「な〜ぅ」
「はいはい。もうちょっと落ち葉が集まったらな」
そんな風に話しかけると、突然みうがピクッと何かに反応した。
「みうさん?」
そうして一目散に、参道の方に駆け出した。
「みうさん!?」
李玖は慌ててその後を追う。
と、そこで信じられない光景を見た。
「あら、人懐っこい猫ちゃんね」
「な〜ぅ」
みうが他人に大人しく抱っこされていたのだ。
しかも女性に。
「あ、の……」
「あ、こんにちは。この猫ちゃん、貴方の?」
「え、えぇ……」
「凄く人懐っこいんですね。急に足元に擦り寄ってきて……ちょっとビックリしちゃいました」
「そ…うですか……」
李玖は何とかそう言うが、頭が全く働かない。
取り敢えず現状としては。
みうが自分と同い年ぐらいの美人の女性に抱っこされている、という事。
その意味は。
「あ、あの!」
「はい?」
思わず、貴女が俺の運命の相手ですか!?とか言いそうになって、だが李玖は思い留まる。
「っ……その猫、預かります。参拝の方ですか?」
そうしてみうを受け取って。
「あ、はい。……えっと、昔この辺に住んでいて、また戻ってきたので、懐かしいなって思って散歩してたんです」
「そ、そうなんですか〜……あ、俺はこの神社の者で、猫目李玖っていいます」
「猫目……もしかして、りっくん!?」
相手のその言葉に、李玖は驚く。
小さい時の自分の呼び名。
昔この辺に住んでいた。
……みうが懐く相手。
「……まさか」
「ね、憶えてる?昔よく一緒に遊んだ千早だよ!」
その名前に李玖は、頭を抱えてしゃがみ込む。
嘘だ。
だって、千早は男だったハズだ。
いっつもズボン穿いてて。
体中擦り傷だらけで。
顔中泥まみれにしてて。
「……りっくん?」
「はっ!もしや今流行の……」
性転換か!?ニューハーフかっ!?
そう言いそうになった所で、母親が来た。
「ちょっと李玖!境内のお掃除まだ途中じゃない……って、あら?」
「こんにちは。今度、またこっちに戻ってきました、空谷千早です」
「空谷さんトコの千早ちゃん?あら〜大きくなって、美人さんになったわね〜。昔は李玖と一緒に泥だらけになって遊んで……女の子なのに大丈夫かしら?
って心配だったのよ〜?」
「は……?え?」
母親の言葉に、李玖は一瞬思考が停止する。
女の子……っつったか?今。
マジで……?
「りっくんたら酷いんですよ?私の事憶えてないみたいで……」
「あら、ダメじゃない。あんなに仲良かったのに……そうだ、ちょっとお茶してかない?美味しいお茶菓子があるのよ〜」
「本当ですか〜!わーい。じゃあ有難くお誘いお受けします〜」
そんな風にさっさと母親は千早を連れて行ってしまって。
後に残された李玖は、みうの顔を覗き込んで言う。
「みうさん……最初からちゃんと女の子、選んでくれてたんだね……」
「な〜ぅ」
「じゃあ千早が運命の相手って事でいいの?」
「な〜ぅ」
「これからアタックして結婚まで漕ぎ付けなきゃ、俺、一生独り身ですか……?」
「な〜ぅ」
「……ん、頑張ってみます……」
衝撃の事実に、思いの外ダメージを食らった李玖は、力なくそう言った。
幼い頃の勘違いは、いつまでも心に残るから。
……訂正できるならお早めに?
=Fin=