≪FORTUNE≫
今日も街の片隅で、凛は悩める人々にアドバイスをする。
というのも、凛は占い師だからだ。
簡単な椅子とテーブルを用意して、客の占って欲しい事を占う。
凛が使うのはタロットカード。
百発百中とはいかないが、そこそこ当たると評判だった。
「りーんーさんっ」
「いらっしゃいませ、木島さん」
「また来ちゃった」
最近、凛の元にはちょくちょく訪れる常連の男性客ができた。
男性客というだけで珍しいのに、一週間に少なくとも一度は来るので、かなり珍しい。
「今日はどんな事を?」
「今日は仕事運かな。会社でちょっと大きな企画任されちゃって、それの事で」
「はい」
凛は占う時、静かに集中する。
だから、凛の元に通うお客さんも、待っている時に大きな声で話したりしないようにしてくれる。
「……“戦車≪チャリオット≫のカード”が出てますね。でも、同時に“吊るされた男≪ハングドマン≫のカード”もあるから、かなり困難を強いられるかもしれないけど、遣り遂げれば成功すると出てますよ」
凛はニッコリと笑ってそう言う。
「本当に?よっしゃ」
喜ぶ木島に、だが凛は少し忠告するように言う。
「でも、占いにばっかり頼っちゃダメですよ?」
そう、占いはあくまで“未来の予想”であって、“確定された未来”ではない。
時々それを勘違いしているお客さんもいて、凛には頭が痛い事だ。
「占いはそもそも……」
「……そもそも、生きていく上でのただの目安、道標。だからあくまでもアドバイス程度のモノ、でしょ?分かってるって」
言おうとした事を先に言われて、凛は口をつぐむ。
それは、何度か木島に言った事のある言葉だったから。
「それなら、いいですけど……」
「じゃあ凛さん、また来るね」
「ありがとうございました。……次の方どうぞ」
だけど密かに凛は、本当に分かっているのかしら、と首を傾げずにはいられないのだった。
占い師をしていると、当然トラブルはある。
「ちょっと!どうしてくれんのよ。アナタの言う通りにしたけど、ダメだったじゃない!」
「え……?」
別の人を占っている最中に突然割り込まれて、文句を言われる事はよくある事だ。
「アナタが言ったんでしょ?“今の彼といるより、貴女を見てくれている人との方が上手くいく”って!だから彼氏とは別れたのに!」
「でもそれは……」
「どう責任取ってくれるのよ!」
そのセリフに、凛は頭が痛くなってくる。
あぁもう。
占いの結果を鵜呑みにするんじゃなくて、もっと自分でよく考えてから行動してよ……。
「……申し訳ございませんが、占いは100%当たるというものではないんです。ですから……」
「何それ、最悪!当たんないんだったら、占って貰う意味ないじゃん!エラそうに店なんか出すな!」
言うだけ言って、その人は帰っていった。
だけどこれはまだいい方だ。
中には訴えるだのなんだのと因縁をつけて、金をせびろうとする輩までいるのだから。
そうして一番困る事は、こういった客が来ると、それまで並んでいた客までがいなくなってしまうという事。
「はぁ……今日は早めに店じまいかなぁ」
思わず凛がそう呟いた時だった。
「……もう閉めちゃう?」
「木島さん」
その声に顔を上げると、そこには木島が立っていた。
「凄まじかったね、さっきの客。結構離れた所まで聞えてきたよ」
「……すみません」
「凛さんが謝る事じゃないよ。どう考えても、あの客が理不尽な事言ってるだけだ」
「……そう言っていただけると、助かります」
「それに、今誰も並んでないから、ちょっと長く話もできるし?」
そう言ってくれる木島に、凛は嬉しくなる。
きっと、彼なりに励ましてくれているのだろうから。
「ね、凛さん。自分の事って占えないの?」
「自分の事、ですか?」
「そう。さっきみたいな事もあるだろ?だから、その日の運勢とか」
「そう、ですね……でも私、自分の事は占わないようにしてるんです」
「何で?」
「昔、占い師は自分で自分の事を占うのはタブーだと聞いた事があって、それで」
どこで聞いたかはもう忘れてしまったが、それが自分の信念でもある。
「じゃあ、相性占いとかも?」
「相性……例えば、木島さんと私の相性を占うとして、木島さんから見た相性と、私から見た相性では若干のズレはあるから、それだったらいいんじゃないですか?」
「へぇ……占いって奥が深いね」
そう言って木島が感心していると、後ろに人が並んだ。
「あ、残念。お客さん来ちゃったね……じゃあ俺はこれで」
「え?でも今日はまだ……」
何も占ってないのに、と言おうとすると、木島が先に答える。
「この間の占い。アレがなかったら、俺挫折してたかも。だからお礼を言いにきただけだから。じゃあまた今度」
「……ありがとうございますっ」
去っていく木島に、凛は頭を下げる。
いちゃもんを付けられる事も確かに多いけど。
やっぱりお礼を言われると、嬉しくなるから。
その日は、少し違っていた。
いつも木島は遅めの時間に来るのに、今日は昼間に来たからだ。
「凛さん」
「こんにちは、木島さん。今日は何ですか?」
「えと、今日は恋愛運。俺、好きな人がいるんだけど、片想いのその恋が、実るかどうか」
そう言われて、凛は何故だかショックを受けた。
「……木島さん、好きな人いたんですね」
「まぁ、ね」
照れたようにそう言う木島を見ないように、凛は静かに集中を始める。
だけど。
どうしても集中できない。
「凛さん……?」
「あ、すみません……」
それでも何とか集中して、占う。
そうして出たカードは。
「……“恋人≪ラヴァーズ≫のカード”が正位置で出てますね。このカードはラブ・チャンスのカードですから、きっと上手くいきますよ」
このカードが出て、凛はズキッと胸が苦しくなった。
どうしよう。
今、私。
よくない結果が出ればよかったのに、って……。
「凛さん、他のカードの中によくないのでも出てる?」
「え……」
「難しい顔してるからさ」
その言葉にハッとして、凛はすぐに笑顔を作る。
「いいえ。恋愛に関して最高のカードばかり出てますから、ちょっと驚いただけです」
「そっか。ありがと」
「頑張って下さいね」
嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべる木島に、凛の気持ちは落ち込んだ。
あの笑顔を向けられるのは、別の人なんだ……。
そう思って。
その後はなかなか集中できず、散々だった。
……ダメだ。
全然集中できてない。
今の今まで凛は気付いていなかった。
自分が、木島の事をいつの間にか好きになっていたという事に。
「……今日はちょっと早いけど、もう閉めた方がいいかもしれないわね……」
凛は、夕方になって客が途切れた所で片付けを始める。
夜になると会社帰りのOLとかが寄ったりしてくれるのだが。
集中できないのではこのままやっていても意味がない。
そうして片付けを終えて帰ろうとした時だった。
「凛さん、今日は随分早いね」
「木島、さん……」
声を掛けてきたのは他ならぬ木島で。
これから告白しにでも行くのだろうか?
手にはバラの花束を持っていた。
「それ……」
「あ、これ?告白にバラの花束って、キザかな」
「……いいえ、凄く素敵だと思います」
照れたように言う木島に、凛は精一杯の笑顔で答える。
自分には、何も出来ないから。
どうする事も、出来ないから。
だからせめて応援したいと、そう思って。
「じゃあ、私はこれで」
これ以上木島の顔を見ていられなくて、凛は早々に立ち去ろうとする。
だが。
「凛さん。少し、いいですか?」
「……?」
呼び止められて、凛は首を傾げる。
どうしたんだろうか?
今から告白しに行くハズなのに。
それとも、自信がないから最後にもう一度、占って欲しいとでも言うのだろうか?
「……俺は最初、占いなんて信じてなかったんです」
「はぁ……」
「でも、どうしてもきっかけが欲しくて。それからも、度々ここに通いました」
突然何の話をされているのか分からず、凛はますます首を傾げる。
……好きな相手が占い好きなんだろうか?
そんな事を考えていた凛は、次の木島の言葉が一瞬、理解できなかった。
「貴女が好きなんです。俺と、付き合ってもらえませんか?」
「……え……木島さん……?」
今。
彼は何て言った?
「もしよかったら、俺の事は誠慈って、呼んでもらえませんか?」
「……待って、下さい……じゃあ、昼間の占いは……」
「勿論、貴女との恋が実るかどうかですよ。凛さん」
昼間と同じ、柔らかな笑顔を向けられて、凛は嬉しさがこみ上げてきた。
あれは全部、私に向けて……?
「この恋は、上手くいくんでしょう?」
「……はいっ!」
この恋が上手くいくかは、二人次第――。
=Fin=