≪可愛さの裏には≫
若狭彩乃(わかさあやの)は、現在高校二年生。
白い陶磁器のような肌にくりっとした瞳。ぷっくりとした桃色の唇。髪は栗色でゆるくウェーブが掛かっていて。
見た目はそう、まるでお人形さんのようだと周りから言われている。
いつも花が咲き零れるような微笑みを浮べて、性格は大人しくて控えめ。
見た目から性格まで完璧な、理想通りの美少女。
勿論、学校一可愛いと評判の。
そんな彩乃は、当然告白される回数も断然多い。
今日も今日とて、見知らぬ人間に呼び出されて告白されて。
「あ、あの……っ……私、誰かと付き合うのって……まだ……」
恥ずかしげに頬を染め、うろたえるようにそう言って、潤んだ瞳で相手を上目使いに見上げる。
すると相手は動揺し、どもりながらもすごすごと退散していく。
それはもう、毎回お決まりのパターン。
そうして相手が去った所で、彩乃は溜息を吐く。
「全く、毎度毎度……自分の顔見てから出直して来いって言いたくなるような顔ぶればっかり。あーあ、この高校選んだのは失敗だったかな。私に釣り合うような
イイ男が全然いない上に、あんなカスばっかり寄ってきて」
そう、実はコレが彩乃の本性だった。
可愛いと言われるのは勿論当然で。
周りからちやほやされるのも当たり前。
だって、そう見せているから。
だけど決して素は出さない。
折角理想的な美少女の外見を持っているんだから、それに見合うような性格を演じれば、周りは可愛がってくれるから。
下手に性格悪いと苛められる可能性もあるし、何より煽てられるのが気持ちいいから。
だがそんな彩乃に、ある意味危機が訪れた。
「転校生の柱谷尊(はしらだにみこと)です。今日からこの学校でお世話になります」
そう言ってニコッと笑ったその転校生は。
一見すると女の子に見間違えそうな、小柄で童顔の可愛らしい美少年で。
思わず彩乃も一瞬ドキッとしてしまった程だ。
な、何よ。ちょっと位可愛いっていっても、私の可愛らしさが男なんかに負けるはず無いわ。
だが、そう思う彩乃をよそに、尊の人気はすぐに出始めた。
尊は言うなれば、母性本能をくすぐるタイプだ。
普段はまるで、子犬のように甘えた目をして。
どこか不器用なんだけれど、一生懸命取り組む姿が微笑ましくて愛らしい。
それで女の子達が尊を“みーくん”とか呼んで可愛がるのはまだいい。
彩乃にとって問題なのは。
男子生徒の中にも、尊を可愛いと言う輩が意外に多いという事だ。
「何よ、あんなのより私の方が断然可愛いに決まってるわ!」
そうは言っても、実際にちやほやされたりする事が少なくなったのは目に見えて明らかで。
どうも相手が転校生でまだ学校に馴染めてないから、皆そちらを構っているようなのだ。
そんなある日。
「ねぇ、彩ちゃんとみーくんがカップルになったら、きっとお似合いだと思わない?」
お昼休み、突然そんな事を言い出した輩がいて。
彩乃は動揺したような素振りを見せながらも、内心では毒づいていた。
柱谷尊とカップル?冗談じゃないわ!小さな子供カップルじゃあるまいし、釣り合うワケないじゃない。
やっぱり、私の相手は背が高くて爽やかで格好よくて、いざという時にはきちんと女の子を護れるような人じゃないと。
だが、彩乃の考えとは裏腹に、周りはその意見に賛成し始める。
「それいいかも!美少女と美少年の初々しいカップル。二人共可愛らしくて絵になるわー」
「ね、彩ちゃん。この際だからみーくんとくっ付いちゃったら?」
「そうそう。彩ちゃんとみーくんだったら誰が見てもお似合いだし、文句言う人もいないだろうし」
「みーくんだったら怖くないでしょ?」
彩乃の周りにいる女の子達は。
彩乃が告白されても毎回断るのは、異性が怖いからだと勘違いしているのだ。
それを否定しなかったのは、面倒臭かったのもあるが、そうした方が色々と都合も良かったからで。
だが、彩乃はそれを今、少し後悔した。
「で、でも……柱谷君の気持ちもあるし……」
というか。
(あんなのと付き合うなんて、真っ平ゴメンだわ)
その言い方が功を奏したのか、彼女達は“付き合っちゃえば”発言を取り下げた。
「そっか……そうよね。私達の理想を押し付けちゃダメよね」
「実際に付き合う本人達の意思が大切よね」
「ごめんね?彩ちゃん」
「ううん、いいの。皆、私の事を想って言ってくれたんだから」
そうしてニッコリと微笑む反面、彩乃はホッとしていた。
だがその日の放課後。
「若狭さん。あの、今話いい?」
あろう事か、そう声を掛けてきたのは尊だった。
内心、ゲッ、とか思いながらも、彩乃は綺麗な笑みを浮べる。
「ええ。お話って……?」
そうして尊の口から出た言葉は、彩乃が思わず固まってしまうのには十分な内容だった。
「お昼休みの時の話、僕にも聞こえてきて……その、僕は付き合ってもいいよ?」
付き合ってもいいよ、ですって?
……ちょっと待ってよ。どれだけ自意識過剰なの、この男。
いくら周り皆から可愛いって言われてるからって、まさか私まで同じ意見だとでも?
しかも、上から目線ってのが気に喰わないわっ!
「あの……私……やっぱり誰かとお付き合いっていうのは……」
彩乃はしおらしくそう言って、いつもとお決まりのパターンをする。
だが。
目の前の尊は、何故だかクスクスと笑い始めた。
その事に彩乃は、何かよからぬモノを感じ、訝しげに声を掛ける。
「柱谷君……?」
「見事な演技だよね、ソレ。でも僕には通じないよ」
ハッキリとそう言われた言葉に、彩乃はだがとぼける。
「何の事……?」
「へぇ、まだとぼける気?でもね、無駄だって言ってるでしょう。何せ君は、僕と同じ匂いがするから」
そうして目を細めて言われた言葉。
「人を欺いて、ちやほやされて、優越感に浸ってる。そうでしょう?」
「!」
「大体、そんなに完璧な理想の美少女が現実にいる訳ないって」
「……そうね。貴方の言う通り。いるワケないじゃない、馬鹿馬鹿しい。騙される方も騙される方だけどね」
隠し通すのも面倒になった彩乃が開き直ってそう言うと、尊はニヤリと笑った。
「ようやく地が出たね。で?さっきの返事は?」
「付き合うって話?冗談」
「そう?地を出せる相手っていうのは貴重だよ。もし将来結婚した時も旦那の前で演じ続けるつもり?」
言われて考えてみれば、成程とも思う。
確かに演じっぱなしでは息が詰まる。
「どうせこの学校の男はレベル低いのばっかりだし。僕も君なら地が晒せるし、顔も文句なしに合格点だしね」
「あら、自分の容姿は私の中で合格点に届いてると思うの?」
「当たり前だよ。じゃなきゃ誰が好き好んで地なんか晒すと思う?」
「それもそうね。でも、やっぱりいざという時に、貴方じゃ頼りにならなさそうなんだけど?」
「なんだ、そんな事。僕だってこの容姿だからね。護身用に武道は嗜んでるよ?柔道で黒帯。コレなら満足?」
「意外ね」
「で、どう?」
確かに、尊は彩乃の好みから外れてはいたが、それでも今いる学校の男のレベルに比べたら多少高いといえよう。
最近は変な輩も多いし、護身用に武術、というのもあながち嘘ではなさそうだ。本当に黒帯かは知らないけど。
このまま彼氏ナシの高校生活というのも虚しいし、来年新入生が入って来た時にレベルが高いのがいれば、鞍替えすればいいだけだ。
そこまで考えて、彩乃はフッと笑みを浮べる。
「そうね。別にいいわよ、付き合っても」
「そうこなくちゃ」
「ま、何だか同盟を組んだって感じがしないでもないけどね」
「いいんじゃない?普段は周りの期待するような可愛らしいカップルを演じる訳だし」
「そうね」
こうして始まった、彩乃と尊の交際は、すぐに学校中に“学校一可愛らしいカップル誕生”と広まった。
これが本気の恋に発展するかどうかは――今後の二人次第。
=Fin=