私とヒロ君は。
 家がお隣同士で、幼馴染という関係。
 だからいつも一緒。
 それは、当たり前の関係。
 ……そのハズだったんだけど。


≪幼馴染と友達と≫


「ねー、ヒナぁ……私、好きな人がいるんだけどー……応援してくれない?」
「応援?」
 ある日の昼休み。
 ヒナは友達のサヤにそう相談された。

 サヤは高校に入ってからの友達で。
 見た目はいかにも“今時の女子高生ですー”という感じ。
 どちらかというと平凡なヒナには、時々付いていけない時もあるのだが。
 それでもヒナは、サヤといると飽きる暇もないほど楽しかったし、クラスでは一番の仲良しだといえた。

「へー、サヤちゃん好きな人いるんだぁ……うん、いいよ。何が出来るか分からないけど、私でよかったら応援するから」
 そう言ってニッコリと笑みを返すヒナに、サヤはフッと綺麗な笑みを浮べた。
「本当?嬉しい」
 そのサヤの笑みに、ヒナは何だか違和感を感じたが、すぐに気のせいだろうと思う事にした。
「それで、サヤちゃんの好きな人って誰?」
「それがぁ……ヒロ君なの」
「え……」
 サヤの好きな人がヒロだと聞いて、ヒナは何だか胸の辺りがムズッとした感じがした。
「……?」
 その事にヒナが顔を顰めていると、サヤがムッとしながら聞いてきた。
「……確かヒナ、ヒロ君と付き合ってないって言ってたよね?ただの幼馴染だって」
「え?あ、うん。そうだよ。ヒロ君とは幼馴染」
「じゃあ、応援してくれるんだよね?」
「うん、するする。さっきも約束したし」
 不機嫌そうな様子のサヤに、ヒナが慌ててそう言うと、サヤはニッコリと笑った。
「じゃあ、協力よろしくね」


 その日の放課後。
 ヒナは一人で帰路に付いていた。
 いつもなら隣にヒロがいて。
 でも、今日は一人。
 しかも空は何だかどんよりと曇り空で。
 ヒナは次第に自分の気分までどんよりとしてくるようだった。

「……サヤちゃん、は。ヒロ君が好きで……」
 ヒナはポツリとそう呟く。
「今頃、一緒に帰ってるのかな……」

『ヒロ君と二人きりで帰りたいから、ヒナは先に一人で帰ってもらっていい?協力、してくれるんだよね?』

 サヤにそう頼まれて。
 応援すると言ったのは自分なんだし、サヤには快く承諾した。
 なのに。

「……ん?」
 そこまで考えて、ヒナは一瞬立ち止まる。

「……そっか。曇り空だし、今まで一人で帰った事なかったから、こんな迷子みたいな気分になるのかなぁ……」

 そう呟くと、ヒナはまた歩き出した。


 そうして次の日。
「あ、ヒロ君……?」
 朝、家を出るとそこにはムスッと不機嫌な表情のヒロがいて。
「どうかしたの?」
 その不機嫌な理由が思い付かないヒナは首を傾げる。
 するとヒロは不機嫌な声で言った。
「どうしたの?じゃねーよ。何で昨日先に帰ったんだよ!いきなり置いてかれると寂しいじゃんか!」
 その言葉にヒナは目を瞠る。
「……サヤちゃんはどうしたの?」
「あ?断ったけど?それよりもう俺を置いて先に帰るなよなー!」
「うん……」
 ヒナがそう返事をすると、ヒロはニッと笑った。
「……ん?」
 ヒロの笑みを見て、またも胸の辺りにムズッとした感覚が起こり、ヒナは首を傾げた。


 学校に行くと、今度はサヤがムスッとしていた。
「もー!ヒロくんったら、一緒に帰ろって誘ったら断ったのよー?っていうかヒナ。何で今朝、ヒロ君と一緒に登校してるのよ」
「え?だって、家から出たらもうヒロ君が待ってたから……」
「何ソレ。私の恋を応援するなら、そこは断るべきなんじゃない?」
 眉間に皺を寄せてそう言うサヤに、ヒナはおずおずと聞く。
「そう、なの?」
「当たり前でしょ!?多分ヒロ君は、ヒナの存在があるから他に目を向けないのよ。彼女でもないのに、幼馴染ってだけでヒナが隣にいるのが当たり前に なっちゃってると思うの。だから、ヒナからヒロ君の傍を離れなきゃ。じゃなきゃヒロ君、一生彼女ナシよ?」
「えぇ!?それは大変だよね……うん、分かった。私がヒロ君から離れれば、ヒロ君の為にもなるし、サヤちゃんの応援にも繋がるし、一石二鳥だね!」
 そう言ってヒナは、なるべくヒロの傍にいないようにする事にした。


 だが。
「ヒナっ!何でお前、最近俺の事避けてるんだよっ!?」
 ヒナがヒロの傍を離れようとすればする程、ヒロはそう言って寄ってきた。
 今も、校内で追い掛けられて捕まった所だ。
「俺の事、嫌いになったのか!?」
「そ、そうじゃないけどぉ……」
 そう詰め寄られて、ヒナは狼狽する。
「じゃあ何でだよ」
「えっと、それは……ヒロ君の為っていうか……」

「俺はヒナの隣にいたいの!ヒナに隣にいて欲しいの!それなのに何で避ける事が俺の為になるんだよ」

 その言葉にヒナは目をパチクリさせる。
 と同時に、何だか胸のムズムズ感が増した。
 その事に気を取られていると、ヒロが何だか顔を真っ赤にさせて言った。

「いい加減気付け……俺はお前の事、ただの幼馴染じゃなくて、好きな女として見てるんだよっ」

 何だかヤケクソ気味のその言葉に、ヒナは一瞬で真っ赤になった。
「そういう訳だから。幼馴染の関係はもう終わりにして、恋人同士として始めねぇ?」
 真っ赤な顔でそう言うヒロに、ヒナは頷こうとして寸での所で止まった。
「あ……あのね、ヒロ君……。私、サヤちゃんの恋を応援するって……サヤちゃん、ヒロ君の事が好きで……」
 ヒナがそう言うと、ヒロは途端に顔を顰めた。
「俺が好きなのはヒナだ。ヒナ以外は嫌だ」
 ヒロのその言葉に、だがヒナは「でも……」とか言う。
 するとヒロは、ヒナの手を掴んで歩き出した。
「ヒロ君?」
「ハッキリさせに行くぞ」
 そうしてヒロはサヤの所に行く。
「話がある。ちょっと来て」
「……」
 そうして三人で連れ立って、人気のない所まで移動した。


「話はヒナから聞いたよ。だけど俺は、ヒナ以外を選ぶつもりは無い」
 開口一番そう言ったヒロに、だがサヤはヒナを睨み付けて言う。
「……ヒナは?どうなのよ。私の応援してくれるんでしょ?」
「サヤちゃん……」
「ヒナ。ヒナは俺の事、幼馴染としてしか見れない?」
「ヒロ君……」
 二人にそう言われて、ヒナは困ったような、泣きそうな顔になる。

 サヤとの約束は守りたい。
 だけど、ヒロに告白されたのは嬉しい。
 ヒナにとって、二人はどっちも大切で。
 だから簡単に選ぶ事なんて出来ない。

 そうしていると、今度はサヤが泣きそうな顔で言った。
「ムカつく。ヒナはお人好しなクセに鈍感だし。ヒロ君は最初からヒナしか見えてないし!」
「え……?」
「ズルイよ、ヒナは!幼馴染ってだけでヒロ君の隣にいて。その延長で好きになってもらって」
「え、え……?」
「私、最初から分かってたの。ヒロ君がヒナを好きな事ぐらい。だからヒナをヒロ君から遠ざけようとしたのに!」
「サヤちゃん……」
「最初からヒロ君目的でヒナに近付いたのよ!なのにこの期に及んで、ヒナは私に気を使うし。もうヤダ、最悪!」
「……」
「もう、私が惨めになるだけだから、ヒナはさっさとヒロ君とくっ付いちゃえば!?」
 言うだけ言って、サヤはその場から去って行ってしまった。

 残されたヒナとヒロは、暫く無言で。
「……ねぇ、ヒロ君。私、サヤちゃんの事、傷付けちゃったんだよね……?」
「……お互い様だろ。あっちだってヒナの事、利用しようとしてたんだから」
「うん……でも、私とサヤちゃんは友達だもん……」
「そっか……」
 サヤの事を思って俯くヒナを、ヒロは優しく抱き締めた。


 そうして暫くして。
 最初はサヤに一生懸命話し掛けようとするヒナだったが、ことごとく無視されて。
 流石に落ち込んできた所で、サヤが呆れ顔で話し掛けてきた。
「私に酷い事言われたのに……ヒナって超が付く程お人好し」
「だ、だって……サヤちゃんは友達だもん」
 ヒナがそう言うと、サヤは苦笑気味に笑った。
「……ね、ヒナ。私、好きな人出来たんだけど、応援してくれる?」
「……ヒロ君じゃなくて?」
「違う人」
「……うん、応援するっ」
 そうして二人は前と同じように――前以上に仲良しになった。


 それでヒロとはどうなったかというと。
「ヒナ。こんな事で照れない」
「だ、だってぇ……」
 恋人同士になったのだから、手を繋いで帰ろうという事になって。
 ヒナが普通に手を繋ごうとしたら、ヒロに指まで絡められ、いわゆる恋人繋ぎをする事になって。
 今までと少し変わったヒロとの関係に、慣れないでいるのだった。


 幼馴染は恋人に。
 友達は親友に。
 人の気持ち次第で、変化は常に、唐突に。


=Fin=

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 ・ヒナ……いたって平凡な女子高生。鈍感。

 ・ヒロ……ヒナの幼馴染。

 ・サヤ……ヒナのクラスメイトで、一番の友達。今時の女子高生。


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