≪異文化コミュニケーション≫
今日は2月14日のバレンタイン。
女の子にとって年に一回の、最大の告白イベント。
紗優には現在、片想いの相手がいる。
それは紗優と同じ高校に通う葉瑠幸一(はるこういち)。
日本人とドイツ人のハーフで、昨年までドイツにいた帰国子女だ。
その為か、彼の周りにはいつも女の子がたくさんいて。
だが彼は特定の彼女がいないのにも拘らず、周りにいる女の子達とは節度ある付き合いを保っているようだった。
そこがまた人気の元なのではあるが。
それに比べて紗優はあまり目立たない女の子だった。
いや、目立たない、という表現は少し違う。
大人しく控えめで、自分から積極的に動くという事をあまりしないだけで、校内での人気はそれなりに高いのだから。
……それを本人は自覚してはいないが。
そんな紗優と幸一の接点は、入試の時に遡る。
入試の日、駅の券売機に並んだ紗優だったが、暫く待っても切符を買う気配のない前の人に、彼女は思い切って声を掛けた。
「あの……どうかされたんですか?」
振り返ったのは背の高い綺麗な顔の男性で。
それが幸一だったのだ。
「それガ……行き先の駅名を忘れてシマッて……」
「どこに行きたいんですか?」
「都立高校デス。今日は大事な試験で……」
「あ、都立なら私も今から受験なんです。よかったら、一緒に行きましょうか?」
「Oh!助かりマシた。僕は葉瑠幸一といいマス。アナタのお名前は?」
「冬島紗優です」
「でわ紗優。まず、ドコまで切符を買いマスか?」
そんな風に知り合って。
四月になって、校内で再会したのだ。
「紗優!?紗優じゃないデスか!僕のコト、憶えてマスか?」
「え……あ、もしかして入試の時の……」
「よかった!憶えててくれたんデスね。お互い受かっててよかっタ」
それからというもの、校内で顔を合わせれば時々話をするようになって。
紗優はどんどん幸一に惹かれていったのだ。
だが、幸一は女の子達に人気があって。
紗優はなかなか自分の気持ちを伝える事ができなかった。
そうして迎えるバレンタイン。
今年はバレンタインが土曜日の為、前日の金曜日。
紗優は手作りチョコを作って、気持ちを伝える事にした。
「受け取ってくれるかな……」
例え受け取ってもらえなくても。
気持ちを伝える事が大切なのだ。
そう思って紗優は、チョコを大事に抱えて学校に行く。
だが中々渡す機会がなくて。
それもそのハズ、休み時間に渡そうとはするのだが、他の女の子が沢山いて、どうしても渡しに行けないのだった。
そうしてそのまま、結局放課後になってしまって。
校内を少し探したのだが、彼の姿はどこにもなく。
「……もう、帰っちゃったかな……」
そんな風に落ち込みながら、紗優は帰る事にした。
校内を回っていた為、もう殆どの生徒は帰ったか、部活に行ったみたいで。
昇降口には誰の姿もなかった。
だが。
「紗優!」
「っ……葉瑠、君……」
「探しました。もう、帰ってしまったかと……でも逢えてよかっタ」
幸一はこの一年で、かなり日本語が上手になった。
そう思いながら、紗優は慌ててチョコの包みを鞄から取り出す。
「あ、あの……これ、受け取って下さいっ」
真っ赤になりながらも、紗優は思い切って幸一に差し出した。
だが。
「えっと……コレは何です?」
幸一は至極真面目な表情でそう聞いてきた。
「何って……チョコ、だけど……」
「紗優、貴女もですカ……」
半ばうんざりするように言われた言葉に、紗優は思わず泣きそうになってしまう。
……そんなに迷惑だったのかな。
それとも、友達としてしか見れないって事なのかな。
「ごめんね?でも、どうしても気持ちを伝えたかったから……それじゃ」
そう言って、紗優はその場から逃げるように走り去ろうとした。
だが、その腕を強い力で掴まれて、引き止められた。
「待って下さい!一体どういうコトですカ?」
その言葉に、幸一の意図が分からず、戸惑いながらも紗優は答える。
「だって、明日はバレンタインだから……でもお休みで逢えないから、今日……」
「バレンタイン、だから?」
そう聞いてくる幸一に、紗優は頷く。
だが、幸一からは意外な言葉が返ってきた。
「それで、どうしてチョコなんですカ?」
「……え?」
「バレンタインとは、恋人同士が花やプレゼントを贈りあう日でショウ?」
そう首を傾げる幸一に、紗優はようやく合点がいった。
「あのね?日本では、女の子が好きな人にチョコをあげて告白する日なの。中には義理チョコなんてのもあるんだけど」
「義理……?日本では、好きでもない人にまで渡すんですカ?」
「社交辞令みたいなもの、かな」
「それで朝から女の子達がチョコを持ってきたんですカ……義理でもいいからトカ言われたのも……成程……」
納得したように頷く幸一に、紗優は改めてチョコを差し出す。
「あの……これ、受け取って貰えますか?えと、私のは、ちゃんと本命です」
すると幸一は一瞬、驚いた顔をして。
だが、すぐに微笑んで言った。
「ja。勿論です」
そうしてチョコを受け取ると、幸一はポケットからきちんと包装された小さな箱を取り出した。
「これを、紗優に」
「……?」
「それは僕から紗優へのバレンタインプレゼントです。本当は、真っ赤なバラの花束を渡したかったんデスが……流石に学校には持ってこれませんでしタ」
照れたようにそう言う幸一に、紗優は顔を真っ赤にさせる。
「Ich liebedich.紗優」
突然言われた聞き慣れない言葉に紗優は首を傾げる。
「いっひ、りーべ……何?」
「Ich liebedich.日本語だと、愛しています、という意味でス」
「っ……!」
余りにもストレートな言葉に、紗優は何も言えず、ただ口をパクパクさせるしかない。
「紗優?僕と同じ気持でいると、ソウ考えて、いいんですよネ……?」
不安そうに言われたその言葉に、紗優は小さく頷いて。
その事に、幸一は嬉しそうに破顔した。
育った国や文化の違いはあっても。
人を好きになる、という事は同じだから。
Alles Gute zum Valentinstag!
=Fin=