≪それはいつも突然に≫


 2月14日。バレンタインデー。
 それは、片思いの女の子にとって、勇気を振り絞る一大イベント。

 だけど、そんな日に私は公園のゴミ箱の前にいた。
「……」
 渡せなかったチョコレート。
 行き場を無くしたソレを、捨てる為に。


 久し振りの平日のバレンタインデーに、校内は俄かに浮き足立っていて。
 色んな所で、チョコを渡す風景を見かける。

 そうして私も。
 想いを寄せるあの人に、気持ちを伝える為に。
 メッセージカードを添えて、チョコを用意していた。
 本当は手作りチョコにしたかったけど、お菓子作りに自信が無くて。
 万が一失敗したらどうしよう、って市販のチョコ。
 いつ、どのタイミングで渡そうかと、朝からそわそわしていて。
 タイミングが掴めないまま、放課後を迎えてしまった。

「もう部活に行っちゃったかな……」
 彼の姿を探して校内を歩いていると、先を歩く彼の背中を見つけて。
 チャンスとばかりに声を掛けようとしたら、彼は近くの空き教室に入っていった。
「……なんでこんなトコに……?」
 怪訝に思って中を覗くと、そこには彼の友達数人の男子が集まっていて。
 そこで信じられない光景を見た。
「ほら、戦利品」
 そう言って彼は、女の子から貰ったであろうチョコレートを、そのまま友達に渡したのだ。
「おお〜」
「本当に貰っていいのか?」
「ああ。俺チョコ嫌いだし、持って帰ると親に、ちゃんと全部食べてあげなさいとか言われてメンドーだし」
「じゃあ貰うなよー」
「バッカそれだと俺の評価が下がるじゃん」
「ひっでー」

「大体、こんな行事じゃないと告白できない女なんて面倒臭い。ぜってー記念日がどうとか言ってくるタイプだぜ?俺そういう女って嫌い」

「……っ」
 彼のその一言に。
 私は用意していたチョコレートをギュッと抱き締めて。
 その場を静かに後にした。

 帰り道、私の頭の中では彼の言葉がグルグルと回っていて。
 通りかかった公園の中にあるゴミ箱を見つけた時、私の足は迷わずそこへ向かった。

 持って帰る気には、ならなかった。
 自分で食べるなんて、何だか惨めで。
「ふ……っう……グスッ……」
 ゴミ箱の上にかざしたチョコの包みから、手を離そうとした時だった。

 ぐぅ〜。

 何とも間抜けな、お腹の音。
 でもそれは、自分のじゃなくて。
 振り返ってみると、ジッとチョコの包みを見つめている男の人がいた。
「……あの」
「え?」
「何でしょうか……?」
 そう問いかければ、チョコの包みを見つめたまま、その男の人は答える。
「いや……それ、捨てるのかなって思って」
「……」
「あ、いや、その、決して後で拾おうとか思ってるんじゃなくて!」
 慌てたように言うその人は、顔が真っ赤で。
「その……ちょっと勿体無いかなって……」
 そう言いながら、シュンとした表情になる。

 ……何だろう、この人は。
 もしかして、このチョコ食べたいのかな。
 一応、デパ地下にある有名店のチョコだし。
 ちょっとだけ、高級といえば高級なんだよね。

「あの……もし良かったら、どうぞ」

 何となく、だけど。
 捨てるよりも、誰かに美味しく食べて貰った方がいいような気がして。
 知らない人にチョコをあげるなんて、普段なら考えもしないけど。
 ……この人なら、いいかなって。

 するとその人は、急にキラキラと目を輝かせて。
「え、いいの!?」
 嬉しそうにそう言った。
「はい、どうぞ」
 その笑顔を見ていたら、沈んでいた気持ちが、何だか少し、軽くなったような気がして。
「うわー……マジで嬉しい。ありがとう!」
 その笑顔が、まるで太陽みたいで。
 不覚にも、少しだけドキッとしてしまった。
「それじゃあ、私はこれで……」
 そそくさとその場から逃げるように立ち去る私の後ろから。
 ありがとう、という声が聞こえて。
 顔だけ振り返ると、その人は嬉しそうに、ブンブンと手を振っていた。


 家に帰って、私はふと思い出す。
「あっ!」
 見知らぬ人にあげたあのチョコに。
 彼へのメッセージカードを添えたままだった事を。
「うぅ……しまった……」
 顔から火が出そうな程恥ずかしかったけど。
 きっとまた会う事はないだろうと思い直す。

 不思議な事に、そんな私の頭の中からは、彼の言葉なんて綺麗に消え去っていた。


 けれど、その数日後。
 私はその人と、再び再会する。
 でも、それはまた、別のお話――。


=Fin=

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