≪独自の風習でも≫


 紗優と幸一が付き合い始めて一ヶ月。
 ホワイトデーの今日、二人はデートだ。

 だが紗優には、特別な日だから、という期待はない。
 何故なら、幸一の育ったドイツではホワイトデーの風習はないのだと、彼から聞いていたからだ。
 それに、幸一からはもうバレンタインの時にプレゼントを貰っている。
 赤いバラをモチーフにした、可愛らしいペンダントだ。
 それはどうやら、バラの花束の代わりらしかった。

 紗優は当然、そのペンダントを身に着けて、待ち合わせ場所へと向かっている。
 とにかく、今日はいつもと変わらない普通のデート。
 ……そのハズだった。


「幸一君、待たせちゃった?」
「紗優。大丈夫でス。……あ、ペンダント付けて来てくれたンですね?」
「あ、うん」
「嬉しいでス。でわ行きましょう?」
「うん」

 二人の今日のデートは映画鑑賞だ。
 だが、ホワイトデーが休日と重なった事で、映画館はいつもよりもかなり混雑しているようだった。
「……事前に座席指定券を予約しておくべきデシタね」
「どうする?映画……」
「もうスグ春休みですシ、映画はまたにしましょうカ?」
「そうだね」
 二人は予定変更したのだが、どこに行ってもカップルで混雑していて。


「日本では本当にホワイトデーというのが盛り上がるんですネ」
 幸一の心底感心したような言葉に、紗優はクスクスと笑う。
「そうだね。クリスマスやバレンタイン程じゃないとは思うけど、やっぱり恋人同士の大切な日だからじゃないかな」
「そのようでスね」
 フッと笑って、幸一は持っていたバッグから何かを取り出し、紗優に差し出した。
「どうゾ、紗優。ホワイトデーのプレゼントです」
「え……」
 突然の思ってもみなかった事に、紗優は呆然としてしまう。
「紗優?」
「え?あ……どうして……」
 戸惑いながらも紗優がそう聞くと、幸一は優しく微笑みながら言う。

「どうしようか悩んだんですガ……“郷に入っては郷に従え”とイうことわざがありますよね?だからです」

「そうなんだ……ありがとう。嬉しい」
 まさか貰えるとは思っていなかっただけに、そのお返しは嬉しかった。
「開けて見てもいい?」
「ja。どうぞ」
 了承を貰って紙袋開けてみると、そこにはハート型の飴がいくつか入った小瓶と、それに抱き付く格好の、小さなテディベアのキーホルダーが付いていた。
「可愛い……っ」
「喜んで頂けまシたか?」
「うん。ありがとう」
「それなら良かっタ」
 紗優の喜ぶ顔を見て、幸一は嬉しそうに微笑む。

「紗優」
「何?」
 名前を呼んで、自分の方を見た紗優の頬に幸一はキスをして。

「愛しています」

 その不意打ちに、真っ赤になりながらも紗優は答える。
「ぁ…の、私も……」
 そうして二人は顔を見合わすと、幸せそうに笑顔になった。


 大切なのはイベントじゃなくて、相手を想う気持ち。
 だけどイベントに託つけて、喜んでもらうのも一つの手。


=Fin=

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 ・冬島 紗優(ふゆしま さゆ)……高校一年生。幸一とはバレンタインから付き合い始めた。

 ・葉瑠 幸一(はる こういち)……高校生。日本人とドイツ人のハーフで帰国子女。


 こちらはフリー配布になっています。ご自由にお持ち帰り下さいませ☆