世の中はクリスマス一色。
だけど、私の心はどんよりとした灰色。
何故なら。
クリスマス直前に、付き合っていた相手に振られてしまったから。
≪サンタからの贈り物?≫
世間一般で言うクリスマスイブの日。
彼氏に振られたばかりで、寂しい独り身の実咲は街に出掛けた事を後悔した。
流石はクリスマスイブと言うべきか、目に付くのはカップルばかり。
そのどれもが幸せそうで、楽しそうで。
実咲はついつい半眼になってしまう。
「……やっぱり外になんか出て来なければよかった」
とはいえ、こうして出掛けて来たのは実咲の意思ではなく。
母親に家の掃除を手伝うか、邪魔にならないように出掛けるかの二択を迫られたからで。
「……ま、大学の授業がないだけマシか」
実咲はそう思う事にした。
実は実咲の元彼は同じ大学の同じ学部で。
似たような講義を取っている為、十中八九、顔を合わせる事になるからだ。
だが、特に目的もなくぶらぶらと街を歩くだけでは、今の実咲にとって周りの状況はかなり酷だ。
「帰ろうかなぁ……」
沈みがちの気分が更に沈みかけて、実咲は回れ右をして帰る事にする。
しかし。
「羽鳥実咲、さん?」
不意に自分の名前を呼ばれて、実咲は振り返る。
だがそこにいたのは見知らぬ男の子で。
「えっと……?」
思わず首を傾げてしまう。
今、名前呼んだ、よね?
でも……誰だろう、この子。高校生くらい、かなぁ……?
そう思っていると、その人物はおかしな事を言い出した。
「俺、サンタクロースの息子なんだけど。実咲さんの彼氏になりにきました」
一瞬、聞き間違いかとも思ったが、その表情は至極真面目で。
言葉の内容に、実咲は頭を抱えたくなる。
サンタの息子?彼氏になりにきた?
……もはや、どう突っ込めばいいのか……。
「ええっと、それは新手のナンパ?」
「違うよー。ちゃんと実咲さんの名前知ってるじゃん、俺」
確かにそれもそうだと思い、次に行き着いた答えに、実咲は若干引き気味に聞く。
「……ストーカー、とか」
「それも違うよっ!ちょっと待って……ほら、コレ!」
ストーカー呼ばわりされて、相手は慌ててポケットから紙を取り出して見せた。
「……何、このミミズがのたくったような字は」
「ほら、ちゃんと見て」
「……?」
随分下手くそな字で何か書いてあると思ったが、よく見るとそれは幼い子供が書いたような字で。
そこには『サンタさんへ。おねいちゃんみたいなかれしがほしいです。はとりみさ』と書いてあった。
「これ、十年位前に実咲さんがサンタクロースにお願いしたものだよ」
言われてみれば、確かに昔の自分の字に似ているような気がしないでもない。
少なくとも、そこに書いてあるのは自分の名前だし、紙もかなり色褪せている。
ここに書いてある“おねいちゃん”というのも、恐らくは近所に住んでいた、年の離れた従姉の事だろう。
「このお願い事は、当時の実咲さんにはまだ早いっていう事で保留になってたんだ。だけど、実咲さんも俺も丁度いい頃合だからって」
ニコニコしながらそう言う相手に、実咲は胡散臭さを覚えてそっぽを向く。
「だとしても、今の私は願い下げだわ。こんなお願い、もう無効よ」
そうして付き合ってられないとばかりに、踵を返して歩き始める。
だが。
「そんな事言わずに、お試し感覚で今日一日、付き合ってみてよ。絶対に楽しませてあげるから」
相手はそう言うと、実咲の手を取って強引に歩き始める。
「ちょ、ちょっと君!」
「あ、俺の事は聖夜って呼んでね?」
「そうじゃなくて!」
だが実咲の抵抗空しく、結局聖夜に付き合う事になってしまった。
実咲が諦めてからは、聖夜は強引に彼女を連れ回そうとする事はなく。
きちんと実咲の意見などを聞いた上で、エスコートをしてくれた。
ウィットにとんだ会話。
さり気ない気遣いに、細かな気配り。
自分勝手だった元彼とは全く正反対なその言動に、いつしか実咲は警戒心を解いていた。
「実咲さん、楽しんでる?」
聖夜にそう聞かれ、実咲は笑顔で答える。
「ええ、凄く楽しいわ」
「よかった」
「……アイツとは大違い」
「アイツって?」
「……最低の元彼」
「……へぇ?どんな奴?」
そう聞かれて、実咲は眉を寄せながら言う。
「向こうから付き合おうって言ってきたのに、本命の子が付き合ってくれる事になったから、私はお払い箱なんだって。信じられる?ただの保険だったのよ、私は」
「一発殴ってやりたいね」
「本当よ。殴っとけばよかったわ。数週間程度の付き合いで、恋人らしい事もまだ何もしてなかったけど、それでも傷付いたわよ」
「そうなんだ」
「私って、高校の時からそうなのよね。遊び人タイプに声を掛けられてばっかり。友達が色々と教えてくれたから、今の所は被害に遭ってないけど……きっと男運がないのね」
そう言って溜息を吐く実咲に、聖夜は笑いながら聞く。
「じゃあ、俺も遊び人タイプに見えるのかな?」
「そうね……女の子の扱いには手馴れてるわよね」
「そう?実際に女性をエスコートするのは今日が初めてなんだけど」
「本当に?」
「サンタの息子として恥ずかしくないように、この日の為に色々と教わってきましたから」
おどけたようにそう言って、聖夜は残念そうな笑みを浮かべる。
「……楽しい時間が過ぎるのは早いよね。もうこんな時間だ」
聖夜の言葉通り、辺りはもう薄暗い。
「家まで送らせてよ。いいでしょう?」
「……そうね。お願いするわ」
そうして二人は帰路についた。
家が近付くにつれて、二人の間に自然と沈黙が舞い降りる。
それに伴って、足取りも何だか重い。
「……」
「……」
とうとう家の前に着いた所で、実咲が口を開く。
「あの、じゃあ今日はありがとう。楽しかったわ」
そうして実咲が玄関の鍵を開けた時。
「あ……」
聖夜が小さく声を上げた。
「何?」
「えと、その……実咲、さん。俺の事……彼氏にしてくれる気に、なった?」
「!」
実咲はすっかり忘れていたが、確かに聖夜は最初、彼氏になりにきた、と言って現れたのだ。
当然、聖夜の目は真剣そのもので。
実咲は思わず視線を彷徨わせる。
どうしよう。
凄く、楽しかった。
できれば、これからも一緒にいたい、とは思うけど。
……裏切られたら、と考えると、怖い。
そんな実咲の迷いが伝わったのか、聖夜は微笑んで言う。
「俺は、今まで実咲さんの前に現れた男達とは違うよ?サンタの息子を信じなさいって!」
その言葉に実咲は目を瞠り、思わず笑ってしまう。
「ふふっ!そうね、分かったわ。貴方と付き合ってあげてもいいわよ?」
「マジで!?やった!」
聖夜は嬉しそうに喜ぶと、いきなり思いも寄らない行動に出た。
「んじゃあ、報告しないとね」
そう言うといきなり、あろう事か玄関のドアを開け、奥に向かって大声で叫ぶ。
「おばさーん!やったよ、OK貰えたー!」
「ちょ、ちょっと!?」
実咲は慌てるが、奥から現れた実咲の母親は、ニコニコしながら言う。
「あらあら、聖夜君。良かったわねぇ」
「は!?え、ちょ、何、知り合い!?」
「何言ってるの、実咲。斜向かいの黒須さんちの聖夜くんじゃない。小さい頃はよく一緒に遊んでたでしょう」
その言葉に、実咲は唖然とする。
「あ、言っておくけど俺、嘘は吐いてないよ。俺の父親の名前が三太だから、サンタクロースのおじさん、って実咲さんが言ってたんだから」
「そうよぉ?聖夜君の事、サンタさんの子で羨ましいって言ってたじゃない」
二人が口々にそう言うが、はっきり言って実咲は全く覚えていなかった。
「じゃあ、あの紙は……」
「おばさん経由で俺のトコに来た」
「まだ早いから保留って話は」
「そのままの意味。俺、小さい時からずっと実咲さんの事、好きだったんだよ?」
次々と明らかになる事態に、実咲は衝撃を受けていた。
何ソレ。
つまり、これって。
私、まんまと嵌められた!?
そう思って、怒りに文句を言おうと口を開きかけた時。
「実咲さん。絶対に俺が幸せにしてあげるから」
そんな事を言われて、言葉に詰まってしまう。
「う……裏切ったら、承知しないからね!」
何とかそれだけ言って、実咲は自分の部屋へと一目散に逃げ込んだ。
玄関に取り残された聖夜は、そんな実咲を見て笑みを溢す。
「あらあら。聖夜君、これから大変だと思うけど、あの子の事、よろしくね?」
「勿論です」
そう言って、聖夜は満面の笑みを浮かべた。
サンタクロースは偽者(?)で。
実咲はかなり巧妙な罠を仕掛けられていた訳だけど。
ともあれ、ハッピークリスマス!
全ての人に、幸多からんことを――。
=Fin=