≪同じ表情≫


 その日、凍護は日直だった。
「……こういう時に限って、委員会の呼び出しがあるんだもんな……」
 凍護は体育委員だ。
 普段は特に何も無いが、運動系の行事が近付いたりすると、委員会の招集があったりする。
 委員会は帰りのLHRの後すぐだった為、急いでそれに出席して先程戻ってきたのだが。
「日直の仕事押し付けられてるし……」
 凍護の机の上には日直日誌が置いてあり、今日の分は何も書かれていなかった。

 仕方なく凍護は日誌を書き上げ、職員室へと持っていく。
「取り敢えず、明日文句言わないとな」
 もう一人の日直だったクラスメイトを思い浮かべながら、凍護はそう呟く。
 しかし。
「……先生いないし」
 別に、直接渡さなくても机の上に置いておけばいいのだし、凍護はそうしようと思う。
 だがそこで、ふとある事を思い出した。
「そういえば、ウチの担任って確か……吹奏楽部の顧問だったよな……」
 吹奏楽部。
 桃花の所属する部だ。
「……コレ届けに行ったら、部活中の桃花、見れるかな……」
 そう思ったら、凍護はいてもたってもいられなくなった。
「届けに行こ」
 そうして凍護は、吹奏楽部が使っている音楽室へと足を向けた。


「じゃあパートごとに調律します。まずはクラリネットから」

 吹奏楽部の練習は、まず楽器の調律から始まる。
 チューナーと呼ばれる調律器で、楽器ごとの音合わせをするのだ。
 吹奏楽で使われる楽器類の大半は、大まかに分解して専用のケースにしまって保管する。
 なので、組み立てる際の音合わせは重要なのだ。

 全ての楽器の調律が終わると、コンクール用の課題曲を一通り演奏してから、各パートごとの練習に別れるのが、いつもの練習風景だ。
「課題曲、一通り通します」
 指揮は顧問の先生の担当だ。
 先生が指揮棒を上げると、冒頭から音を出す楽器の奏者は全員構える。
 そして指揮が振られると、一斉に曲が流れ出す。

 凍護が音楽室に来たのは、丁度その時だ。
 ドアに付いている小さな窓越しに中をそっと覗くと、すぐに桃花の姿を見つけられた。
 桃花の楽器はフルート。
 目は真剣に指揮と楽譜を追いながら、それでも楽しそうに演奏している。
「桃花……」
 凍護は、自然と笑みを浮かべる。

 まるで自分みたいだ。
 バスケに熱中している時の、自分と同じ。

 その内に曲が終わり、先生が各パートごとに気になった点を注意し、そこを重点的に練習するように指示を出す。
「じゃあ解散。一時間後にまた集まって通し練習するわよー」
 その掛け声と共に、部員が動き始める。
「……あれ?凍護君、どうしたの?」
 真っ先に凍護に気付いたのは、入り口に一番近い場所にいた 桃花だ。
 凍護はそれを、内心嬉しく思う。
「コレ。日直日誌届けにきたんだ。ついでに桃花に逢えるかと思って」
「木暮。それなら先に私のトコにそれを持ってきなさい」
「あ、はい」
 先生に突っ込まれ、凍護は日誌を渡す。
「はい、ごくろーさん」
 そう言われると、すぐに桃花の傍へと戻る。
「桃花の演奏してるとこ、初めて見た。凄く楽しそうで、バスケやってる時の俺みたいって思ったよ」
「本当?」
「木暮ー。アンタ部活行かなくていいの?」
 またも先生に突っ込まれ、凍護は慌てる。
「げ。ただでさえ委員会の呼び出しで遅くなってるんだった。じゃあ桃花、また後で」
「うん。また後でね」
 そう言って凍護は、部活へと急いだ。

 勿論、その日の帰りはお互いの部活の話で会話が弾んだのは、言うまでもない。


=Fin=