≪気付いて。〜凍護side〜≫


 それはまだ、二人が付き合い始めの頃。
 凍護ははっきり言って、女の子とどう接すればいいのか分からなかった。
 そうでなくとも元々人付き合いは苦手な方なのに、不本意な噂のせいで女の子には特に避けられていたから、余計に。

 学校行事の野外生活の時にいきなり告白されたのは、正直ビックリしたし、同時に嬉しかった。
 でも、一晩経って疑問に思った。
 どうして彼女……桃花は自分の事を好きになってくれたのか。
 だから次の日に、オリエンテーリング後の写生の時間に呼び出して、本当に自分でいいのかと聞き直した程だ。


 暫く経って凍護は、もしかしたら桃花はあの噂を知らないんじゃないかと思った。
「花咲」
「ん、なぁに?凍護君」
 呼びかけると、ふわんと可愛らしい笑みを浮かべて桃花が首を傾げる。
 そんな些細な仕草にさえ、凍護は思わず見入ってしまう。
「凍護君?」
 不思議そうに名前を呼ばれ、凍護は我に返って聞きたかった事を聞く。
「あ…の、花咲は高校から月羽矢?」
「うん、そうだよ。凍護君は初等部からなんだよね?」
「ああ」

 外部生という事は。
 取り敢えず、噂の事は知らない可能性が高い。
 そう思って凍護は、じゃあ噂の事を知ったら、彼女は離れていってしまうんだろうか?とも考える。

「凍護君は、初等部の頃からずっとバスケ部なの?」
「ん、まぁ……」
「凄いよねぇ。だから一年生でもうレギュラーなの?」
「レギュラーっていうか……まだ試合にフルでは出させてもらえないよ。ベンチ要員、かな」
「でも凄いよ!ね、試合とか見に行ってもいい?」
「確実に出してもらえるとは限らないけど……」
「そっか……でもやっぱり見たいな。凍護君が試合に出てる所」

 会話の中で、くるくると表情を変える桃花はやっぱりどの表情も女の子らしくて可愛くて。
 そんな桃花が自分の彼女として隣にいる事が嬉しかった。
 嬉しかったけれど、どうしたらいいか分からなくて、殆ど彼女が楽しそうに話すのを聞いているだけだったが。


 家に帰ると、途端に桃花が彼女として隣にいてくれる事が夢だったんじゃないかとさえ思えてくるから不思議だ。
 幸せすぎて、逆に何だか現実味を帯びない。
 でも、ちゃんと携帯のアドレスに番号は登録してあって、それが現実だと教えてくれる。
「……用もないのに電話とかしたら、迷惑なのかな……」
 というより、自分から何を話題にすればいいのか分からなくて。
 結局、電話もメールも自分からは出来なかった。


 そんなある日の部活中。
「凍護……お前の彼女って健気だなー」
 そう話しかけてきたのは、桃花と同じクラスの奴で。
「健気って……?」
「お前と付き合うの、やめた方がいいってよく言われてるから」
「え……?」

 彼女は、噂の事をもう知っている……?

「……彼女は、何て?」
「ん?“彼は悪い人じゃないよー。あの噂が間違ってるだけだよー”って」
「そう、か……」
「まぁ、実際あの噂はデタラメなんだし、お前の事、見る目あるんじゃね?」
 からかうようにそう言われたのに対し、凍護は苦笑だけ返しておく。

 その話が本当なら。
 彼女は噂の事を知ってて、それでも自分を好きになってくれたという事だ。
 そう思ったら、言い表しようのないくらい、幸せな気分になった。


 それでもどう接したらいいのか分からないのは変わらなくて。
 頭の中で、手を繋いだ方がいいのか、とか。
 どういったタイミングで呼び名を“花咲”から“桃花”に変えればいいのか、とか。
 デートは付き合ってからどのくらいの時期に誘うものなのか、とか。
 考える程に分からなくなって、結局、ただ桃花の話す内容に相槌を打つだけだった。


 付き合い始めてから一ヶ月が経つ頃。
 桃花の方から、日曜日に映画に誘われて。
 思わずビックリして返事が遅れた。


 初デート。
 次からはちゃんと自分から誘おうとか思いながら、凍護は待ち合わせ場所に30分も早く着いてしまった。

 一応、ちゃんとした格好はしてきたつもりだけど。
 デートの時の服装って、こんな感じでいいんだろうか……?

 そんな風に思っていると、私服姿の桃花が来るのが見えて。
「すげー可愛い……」
 思わずそう呟いていた。
 だが、恥ずかしさのあまり、それを本人に言う事はできなくて。
 映画の時も、隣に座る桃花が気になって、気付けば彼女の顔ばかり見てて。

 だが、それがいけなかったらしい。
 昼食をとっている最中、突然泣き出して走り去っていった桃花を見て、愕然とする。

 嫌われた。

 でも、後を追わずにはいられなくて。
 公園で桃花の姿を見つけた時に、二人組みのいかにも軽そうな男達に囲まれてて、思わず焦る。
「どけ」
 そう言って、相手を睨みつける。
 できれば桃花の前で暴力沙汰はしたくないと思っていたので、相手が逃げてくれたのは助かった。
 たまには噂も役に立つなと思って、今度は桃花の方を見る。
 すると睨み付けるような視線を向けられて。
 無事だった事を悟って、取り敢えず場所を移そうとついついぶっきらぼうに言ってしまった。
「……行くぞ」
 と。

「な……っどうして?何で何も言わないの!?怒るとか、心配するとか……してくれてもいいじゃない!」

 その言葉に、凍護は目を瞠る。
 それを皮切りに、次々と出てくる桃花が今まで感じていた不安。
 聞いていて、自分が情けなくなった。
 自分の事だけで精一杯になって。
 ちっとも気付いてあげられなかった。
 最低だ。
 そう思って、凍護は今まで言えなかった事や思っていた事を、きちんと話す。
 少しでも、桃花に伝わるように。
「……あの、さ。俺はちゃんと……桃花の事、好きだから」
 最後にそう言うと、桃花は満面の笑みで抱き付いてきた。
「……!うん、私も大好きだよっ!」
 そう言って。


 それからというもの、凍護は思った事はちゃんと話すようにした。
「桃花。手、繋いでもいい?」
「うんっ」
 そんな風に。


 そして現在。
 二人は押しも押されぬバカップルと、周りに称されている。


=Fin=