≪想い遣り≫
緋久と付きあい始めて数日。
携帯のアドレスも蒼から緋久の名前に登録し直したし、部活が終わった後は駅まで一緒に帰るようになった。
傍から見れば順調な交際。
なのだが。
「はぁ……」
「溜息なんか吐いて、どうかしたの?璃琉羽」
教室で溜息を吐いていると、智が心配して近付いてきた。
「智ちゃん……あのね。緋久君の事なんだけど……」
「……宗方君と、何かあった?」
「ううん」
首を横に振って、璃琉羽は言おうかどうしようか少し迷って、結局話す事にした。
「あのね?メールとか電話は普通に出来るんだけど、直接話すってなると……何か緊張しちゃって……」
「帰り道とか、何話してるの?」
「んー……その日あった事とか、なんだけど……上手く話せないの」
「……璃琉羽は恋する女の子だねっ」
智がそう言うと、璃琉羽は真っ赤になって慌てる。
「ち、ちょっと智ちゃん!からかわないでよもぅ……自分だって同じなクセに」
「え」
「礼君が来るといっつも嬉しそうな顔で頬がピンク色ですよ〜?」
「り、璃琉羽っ!」
すると突然、後ろから声が掛かった。
「私にしてみれば、二人とも恋する女の子なんだけど?」
「朱夏!」
「朱夏ちゃん!」
そこには朱夏が立っていた。
「で?上手く話せないって?宗方も?」
「う…ん、そうかな?お互いに相槌で終わっちゃったり、その後ちょっと沈黙が続いて、二人同時に話し始めたりとか」
困った顔でそう言う璃琉羽に、朱夏は少し考える。
「……だったらさ。お互い相手に合わせてみれば?」
「合わせる?」
「うん。例えば、急に話し始めるんじゃなくて、相手の顔を見て一呼吸置いてから口を開くとか」
「……確かに、同時に話し始める時って、あんまり相手の顔見てないかも……」
朱夏の提案に、璃琉羽はここ数日を思い出す。
「相槌だけで終わっちゃうっていうのも、自分の意見言うからちょっと待ってって言うとか」
「それって、ちょっとよそよそしくない……?」
「だって、直接話すとドキドキして頭真っ白になって、何話していいか分からなくなるんでしょ?」
具体的にそう言う朱夏に、璃琉羽と智は「ん?」と思う。
「……朱夏ちゃん。私そんなに詳しく話してないよ?」
「あ……」
璃琉羽に指摘されて、朱夏は「しまった」という表情をする。
「……どういう事?」
「いや〜その〜……実は宗方に聞きました」
そう言って頭を下げる朱夏に、璃琉羽は目を瞠る。
「……緋久君が、そう言ってたの?」
「あーその、ね?ほら、私と宗方って電車の方向一緒じゃない?だから今朝、偶然駅で会った時に“璃琉羽とはどうなの?”って……」
「そしたら宗方君がさっきみたいに答えたのね……」
納得したように智がそう言う。
「で、朱夏ちゃんは何て言ったの!?」
真剣にそう聞く璃琉羽に半ば圧倒されながら、朱夏は答える。
「えっと……“何で直接だと上手く話せないと思う?”って聞くから、“メールとか電話は、自分で何話そうとか事前に考えられるからじゃないの?”って」
「……確かに」
「それにさ、ほら、二人はメル友だったわけじゃない?だから相手の顔が見えない状況ってのは慣れてるから。だから余計に緊張するんじゃない?」
「そう、かな……」
「だからさ。直接話すのに慣れるまでは、多少よそよそしくってもやるだけやってみれば?」
「さっき言ってた事?」
「うん。どうせこのままじゃギクシャクしたままで、それは嫌なんでしょ?」
「うん、まぁ……」
璃琉羽は気乗りしなかったが、何となく押し切られる形でやってみる事にした。
「――って朱夏ちゃんが言ってたんだけど……」
「……試しにやってみる?」
そうして二人はちょっとやってみる事にした。
相手の顔を見て一呼吸置くと、ちょっとだけ心に余裕が出来る。
話す前に相手を見るから、同時に話し出すという事はなくなって。
自分の言いたい事とかを考える時間をもらうと、確かに考えてる間は沈黙が続くけど、ちょっとだけ同じ話題で会話が弾んだりした。
「……絹川に感謝かもな。自分の話に相手がどう思ってるか分かると、同じ考えだと嬉しいし、違う考えでも視野が広がる感じ」
「私も、そう思う」
それに、相手に遠慮して話の順番を譲り合うより、相手を想い遣って意見を待つ方がずっといい。
そうして、いつか自然に話せるようになる日が来るといいな、と思った。
=Fin=