≪見栄≫


 緋久は今、ちょっと困っていた。
 璃琉羽とはメル友だったのだから、お互いの情報には事欠かない。
 だけど今は、それが仇になっていて。
「緋久君。映画始まっちゃうよ?」
「あ、ああ……」
 しかし今更、緋久は言い出せないでいた。

 ホラー映画が苦手だなんて。


 メル友を始めた当初は、まさか付き合う事になるなんて思わなかったから、ついつい見栄を張ってしまった事。
『緋久君はホラー映画とか大丈夫な人?』
 その質問に、あろう事か“結構好きだよ”と返信してしまっていたのだ。
 本当はかなり苦手なのにも関わらず、男なのにホラー映画が苦手とは情けなくて。

 緋久が苦手なのは、あくまでホラー映画。
 それ以外、つまりお化け屋敷だとか、妖怪関係の映画は全然平気なのだ。
 しかも、緋久が苦手なホラー映画にも少し偏りがあって。
 洋画系は割りと平気に見れる。
 まぁ、それもレンタルしたDVDを家で見る場合に限ってだが。
 本当にダメなのは、邦画のホラー映画だ。
 あのじわじわと忍び寄ってくるような恐怖が嫌で。
 しかも、邦画だとそれがどうしても身近なものに感じられて、そんなのを見た日には、シーンと静まり返った部屋の中に一人でいるのが怖いと感じてしまう。

 で、話を元に戻すと。
 今まさに見ようとしているのが、その邦画のホラー映画なのだった。


「璃琉羽、映画楽しみ?」
「うん、楽しみ」
 ニコニコと笑顔でそう返されては、緋久はもう引くに引けない。
 そうこうしている内に、映画の上映は始まってしまった。

 始めの方は、割と安心して見ていられる。
 問題は少しずつ、アレ?と思うようなシーンが多くなってから。
 最近の映画は本当にリアルで、底冷えするような恐怖感がある。
 だからといって、見ない訳にはいかなくて。
 緋久はもう、必死に叫び声を上げないようにしていた。


 約二時間に渡る上映が終わって、緋久の顔はかなり青ざめていた。
 思い出すだけでも恐怖感が込み上げてくる。
「……緋久君、大丈夫?なんか、顔青いよ……?」
「ん、平気」
「ホラー映画、本当は苦手だった……?」
「いや?そんな事ないよ」
「……嘘。だって今日の緋久君、何か様子変だよ?」
「そう、かな」
「絶対そう!」
 璃琉羽に強く問い詰められ、緋久はもう隠しているのが辛くなってきた。
「……本当は、ほんのちょっとだけ苦手」
「ほんのちょっと?」
「……大分苦手です」
 気分が参っている所に、璃琉羽に強気な態度で聞かれ、緋久は自分が情けないなと思いながらも白状する。
「……言ってくれれば、別の映画にしたのに……」
「ゴメン。でも、情けないよな。男なのにホラーがダメって……」
「しょうがないよ。誰にだって苦手なものはあるんだから。……それより、これからはちゃんと話してね?」
「うん……ありがとう」
 そう言って緋久は、ああでも、と付け加える。
「璃琉羽はホラー映画、見に行っちゃダメ」
「え、何で?」
「上映中に、何度も俺の腕とかに抱き付いてきたろ。他の人にもそうしそうだから」
「朱夏達とならいい?」
「それなら……まぁ」
 大概自分も甘いなと思いながら、緋久は頷く。
「じゃあ、気晴らしに何か楽しくなるようなトコ行こっか!」
「そうだな」


 好きな子に格好付けて見栄を張るのも仕方ないけど。
 弱みを見せれるような間柄になる方が、より信頼しあって、繋がってる感じがする。


=Fin=