≪邂逅≫


「ねぇ、緋久君。聞きたい事があるんだけど……」
 いつもの学校からの帰り道。
 少し言いにくそうに璃琉羽がそう口にした。
「聞きたい事?」
「あの、あのね?緋久君、いつから私の事好きだったのかなぁって、思って……」
 璃琉羽の言葉に、緋久は目を数回瞬かせるとフッと微笑む。
「聞きたい?」
「聞きたい!」
 期待したようにキラキラとした視線を向けてくる璃琉羽に、緋久は思い出すように目を細めた。
「璃琉羽は、覚えていないかもしれないけど……中学の時、一度会った事があるんだ」

 それは、忘れもしない二年前。
 当時、自分についてのよくない噂が流れ始めたすぐ後の事だった。

「璃琉羽、ココに受験に来た時迷ったんじゃない?」
「受験の時……?うん。広かったし、受験会場が分からなくなって……」
「……会場を探す為に周りをキョロキョロ見ながら小走りに歩いてて、前方を歩いている人に気付かなくてぶつかった」
「そう!月羽矢の中等部の制服着てた男の子にぶつかっちゃって……何で緋久君がその事……」
 首を傾げる璃琉羽に、緋久は可笑しそうに笑う。
「気付かない?」
 その言葉の意味に気付いた璃琉羽は、もしかして……、と思い口にする。
「緋久君?あの時、会場まで連れて行ってくれたの、緋久君だったの?」
 そう聞かれて、緋久は頷く。

 部活に行こうと歩いていた後ろから誰かがぶつかってきて。
 後ろを見ると、他の中学の制服に身を包んだ女の子がいた。
 それが璃琉羽との出会いだ。
 道に迷っている璃琉羽は、受験時間が刻一刻と迫る中、当然焦っていて。
 気付けば緋久は彼女の手を引いて、受験会場まで連れて行っていた。
『付いたよ。時間は大丈夫?』
『あ、はい……』
『それじゃあ。受験、頑張って』
『あ、あの!ありがとうっ!』
 あの時。
 噂のせいで親しい友達数人しか話し掛けてくれなくなっていた時に、屈託のない笑顔を向けてもらえて。
 凄く、胸が温かくなった。


「その後、高等部に進級した時に璃琉羽を見つけて、嬉しかった」

 だけど。
 その璃琉羽の瞳に、自分に対する恐怖の色を見つけて。
 凄く胸が痛んだのを覚えている。

「……一年の時は、遠くから見てるだけしか出来なかったんだ。でも、璃琉羽はよく告白されてただろ?だから、いつか誰かのモノになるって考えたら、凄く嫌だった」
 どうしても諦めたくなくて。
 それで、何とか近付く方法を考えて。
「絹川が璃琉羽の友達だったのは、本当にラッキーだった」
「緋久君……」
 璃琉羽の声に幾分暗いモノを感じ取って、緋久は微笑んで璃琉羽の頭を撫でてやる。

 きっと璃琉羽は、自分の過ちに後悔しているのだろう。
 噂を鵜呑みにして、怯えて、傷付けてしまった、と。

「今はこうして、隣に璃琉羽がいる。だから俺は幸せだよ?」
 その言葉に、璃琉羽は緋久の腕に抱き付く。

「緋久君……私を、諦めないでくれてありがとう」

 謝るのは、貴方を困らせてしまうから。
 感謝の言葉を伝えよう。
 そう、思いながら。

 璃琉羽の言葉に、緋久は嬉しそうに破顔した。


=Fin=