≪月羽矢祭の裏側≫


 月羽矢祭は、月羽矢学園最大のイベント。
 初等部から高等部までが一丸となって行われる文化祭だ。
 文化祭は休日を挟んで一般公開される為、当然来客は休日に集中する。
 そうしてその規模ゆえ、生徒会メンバーは一日中雑務処理に走り回らなくてはならないのだが。


「……はぁ」
 高等部生徒会書記の一人、山吹太陽にはいつもの明るさがない。
 それは雑務処理に忙殺されて疲れているからではなく。
「あぁもう……なんであの時、あんな余計な事言うてもーたんやろな……俺……」
 文化祭の前日に行われた生徒会企画のハロウィン祭の時に、自分の発言が原因で生徒会長の琴音と副会長の弓近の間に亀裂を入れてしまった、と感じているからだ。
「太陽。キビキビ動け」
 一緒に行動していた星にそう言われ、だが太陽は力なく返す。
「言われんでも仕事やさかい、ちゃんとやるわ……」
「……お前が暗いとキモい」
「……星。自分、ケンカ売っとんのか」
 星に対してそう返答するものの、だがそこにいつものような覇気はない。
「……なぁ、星。弓近先輩は気にせぇへんでもええて言うてくれたけど、やっぱ、このままじゃあかん気ぃすんねん。どないしたらええと思う?」
「何もしないのが一番だと思う」
「……お前に聞いた俺がアホやったわ」
 ハッと自嘲気味に笑う太陽に、遠くから満月の呼ぶ声がした。
「太陽くーん!」
 それに先に気付いたのは星で。
「太陽、お前呼ばれてるぞ」
「え?あ、満月ちゃん?どないしたんやろ。行くで、星」
「……俺まで行く必要性はあるのか?呼ばれてるのはお前だけだぞ」
「ええから!」

 星を引っ張って満月の所まで行くと、太陽の見知った顔がいた。
「照ちゃん!?」
「えへへ、来ちゃった」
「知り合いか?」
 星がそう聞くと、太陽よりも先にその人物は自己紹介した。
「初めまして。陽君の彼女の、天ヶ原照子(あまがはら てるこ)です。えっと……案内してくれた貴女が満月ちゃんで、そっちの彼が星君……で合ってるよね?」
 首を傾げながらにこっと笑う照子に、満月と星は頷く。
「でも何で私達の名前……」
「だって、陽君からのお手紙の中に何度も出てくるから。“大人しいけど何事も一生懸命な女の子”と“クールというより、無愛想なイケメンの男の子”って」
 照子に悪気はないのだろうが、普段太陽が二人をどう思っているのかを本人達に暴露され、太陽は脱力する。
「……照ちゃん……」
 満月はいいが、星の事を表現する言葉としては少し失礼な内容だ。
 その事に星は当然、些か不機嫌そうに言う。
「……無愛想で悪かったな」
「悪かったわ。堪忍な、星。せやけど他に的確な言葉があらへんかったから……」
「自覚はしてるからいい」
 溜息を吐きながら星は太陽にそう言い、今度は満月に言う。
「満月。太陽の代わりにこっちを手伝ってもらえるか?」
「え?あ、う、うんっ!」
「太陽。お前、一時間くらいでいつもの調子に立て直せ。お前がここ数日、寮でもずっと暗いのはいい加減ウザいから。いいな」
 それはつまり。
 一時間くらい休憩を取って彼女を案内してやれ、という遠まわしな星の気遣いで。
 星と満月がその場を去った後、太陽は苦笑しながら照子の手を取る。
「……行こか」
「うん」
 そうして二人は歩き出した。


 いくつかの出し物を回って、休憩スペースで照子は切り出す。
「陽君、何かあった?」
「何かて……何?」
「だって、陽君全然いつもの明るさがない」
「そか?まぁ連日忙しく走りまわっとるさかい、ちょお疲れてんのかもしれへんな」
 そう誤魔化す太陽に、だが照子は惑わされない。
「んー……どっちかっていうと、落ち込んでる感じだけど」
「……何でそう思うん」
「だって陽君、転校決まった時と同じ感じがする」
「!……敵わんなぁ、照ちゃんには」
 そう言って太陽は、ハロウィン祭の出来事を話す。

「――ちゅう訳なんや。なぁ、照ちゃんはどないしたらええと思う?」
「そうだなぁ……どうにもならないんじゃないかな」
「そんな殺生な……」
「陽君が何かしようと思っても、何も出来ないんじゃないかな。だってこの場合、動かなくちゃいけないのはその副会長さんだから」
「照ちゃん……」
「だって副会長さん、“これで良かったんだ”って言ったんでしょ?その人にとって、最悪の事態になる前に動ける切っ掛けを、陽君が作ったって事だよ」
「そう……なんやろか」
「どうにかしようと動くか動かないかはその人次第だけど……でも全部終わっちゃった後には、動きたくても動けないんだよ?」
「それは、そうやけど……」
「私達だって同じ。陽君が転校しちゃう前に、“お手紙書くね”って約束したから、今こうして私がここにいるんだもん。約束できないまま、陽君がいなくなっちゃってたら、 お手紙書けなかったよ?」
 自分達の事と今回の事を、同意義に考えるのはどうかと思ったが、それでも太陽は何となく気が楽になった気がした。
「陽君がいつまでも元気なかったら、皆心配するよ?その副会長さんだって、自分のせいだって思っちゃうかも」
「……それはアカンかもなぁ」
「そうそう。だからいつもの陽君に戻って?」
「……せやな!」
 そう言った太陽には、いつも通りの笑みが浮かんでいた。


 文化祭後。
 通常業務に戻った生徒会メンバーは、ハロウィン祭で起こった事がまるでなかったかのような状態で。
 琴音と弓近もいつも通りだ。

 そうして、照子の言った通りに事が進んでいたのを太陽が知ったのは、卒業式の日だった。


=Fin=