≪初デート≫
高校を卒業して春休み。
「弓近。デートをしないか?」
弓近の家に遊びに来るなり、琴音は突然そう言った。
「……急にどうした」
「ん?何を言ってるんだ、別に急じゃないぞ。何せ私達は付き合い始めてからまだ一度もデートらしいデートをしていないからな」
そう指摘されて、弓近はハッとする。
確かに言われてみれば、両想いだと分かってから受験結果が出るまでは勉強三昧だったし――それ以前に正式に付き合っていた訳ではない――二人で図書館に行ったりした
のはデートとは言い難い。
初詣も、とにかく合格祈願でそういった恋人同士のような甘い雰囲気でもなかったし。
「……そうだな。デートするか」
弓近がそう言うと、琴音は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「それで、どこか行きたい所とかあるのか?」
「そうだな。やはりここはデートの定番、遊園地だな」
「遊園地か……初等部の遠足で行ったきりだな。じゃあ、明日にでも行くか。流石に今日、今から行くよりも明日朝から行く方が沢山遊べるし」
「そうだな」
弓近の提案に、琴音は快く了承した。
そうして次の日。
朝早くから電車に乗って遊園地に到着した二人は、まず園内案内図を見る。
「どこから行く?」
「やはり、遊園地に来たらまずはジェットコースターだろう」
「じゃあジェットコースターは……いくつか種類あるけど、いきなりメインじゃ後がつまらなくなるよな」
「そうだな。では、入り口から一番近いこれがいいんじゃないか?」
「じゃあそうするか」
乗る物を決めると、早速歩き出すが。
弓近はここである事に気付いて迷った。
……やっぱり、手ぐらい繋ぐべきか?
いやでも、いきなりそれはどうなんだろう。
だからといって、わざわざ“手でも繋ぐか?”なんて聞くのは違う気がするし……。
そんな事を考えている内に、すぐに乗り場に着いてしまって。
「弓近、どうかしたか?」
「いや、何でもない」
そう言って誤魔化した。
そこからは立て続けに絶叫系にばかり乗って。
手を繋ぐべきかどうか悩んでいた弓近は、自身の体調の変化に気付くのが遅れてしまった。
「……弓近、大丈夫か?」
「………………ああ」
気付いた時には、吐きそうなくらい気分が悪くなっていて。
「全く、弓近は初等部の時から変わっていないな。限界まで乗るなんて」
そう、実は弓近は初等部の遠足の時にも同じように気分が悪くなった事があるのだ。
絶叫系の乗り物は嫌いではないのだが、立て続けに乗るとダメらしい。
「それで気分悪くなって吐くんだから……」
「……今回は吐く前にちゃんと気付いただろ」
「同じようなものだ。まぁ、少し休めば気分も良くなるだろう。私はハンカチを濡らしてくるから、お前は先にあそこのベンチで休んでいろ」
「……分かった」
そうして弓近はベンチに座ると、背もたれに両腕を乗せて空を仰ぎ見る。
「……あー……折角の初デートに情けねー……」
そう言って溜息を吐くと、琴音が隣に座った。
「ハンカチ、濡らしてきたぞ」
「お、サンキュー……」
弓近がハンカチを受け取ろうとした瞬間。
「!?」
その手を引かれ、視界が反転した。
そうして気付けば、目の前には琴音の顔。
「少し横になった方が、気分も早く良くなるだろう」
その言葉が浸透するにつれ、弓近はようやく自分の状況を把握した。
これは、つまり。
……琴音の膝枕!?
そう思ったと同時に、濡れハンカチを額から目に掛かるくらいの位置に乗せられて。
視界が塞がれた為、琴音の表情は見えなくなった。
だが。
ふわふわと頭を優しく撫でられる感触に、フッと心地良い気分になる。
本当は琴音がどんな表情をしているか気になったけど。
今の状態が凄く気持ちいいから。
暫く、このままでいいか……。
少しして弓近の気分も良くなり、また二人で園内を廻る事にする。
「では次はこれにするか」
「ミラーハウスか。何分でゴールできるかな」
「計ってみるか?」
そんな事を話しながら、二人はミラーハウスの中に入る。
「……凄いな。弓近の姿がいっぱいだ」
「琴音の姿もな」
「これでは流石にはぐれてしまいそうだな」
琴音はそう言うと、弓近の手を握った。
「こうすればはぐれない」
笑ってそう言う琴音に、弓近は苦笑する。
……どっちかっていうと、それ、俺の役割じゃないか?
というか、こんなに簡単に手を繋げるなら、俺がさっきまで悩んでたのって一体……。
「行くぞ、弓近」
「おう」
そうして二人で迷いながら、ミラーハウスをクリアして。
だが、繋いだ手はそのまま、お互いに離そうとしなかった。
その後は、乗り物に乗る際に手を離しても、降りた後はどちらからともなく自然にまた手を繋いで。
最後に観覧車に乗ろうという事になって、そこへ向かう。
観覧車の中で、二人は向かい合って座りながら話をする。
「今日は、凄く楽しかった」
「俺も」
「……これからは、二人で色んな所に行ってデートをしよう。何せ私達は、長い時間を無駄にしてきたのと同じだからな」
「そうだな。もっと早くお互いの気持ちを知っていたら、月羽矢での学校生活ももっと変わっていたかもしれないしな」
「これからもよろしく、弓近」
「こちらこそ」
そうして二人は笑い合うと、そっとキスを交わした。
=Fin=