それはまだ、貴寿が遊菜に合鍵を渡して間もない頃の出来事。


≪生活習慣≫


 人にはそれぞれ、当たり前にやっている行動がある。
 貴寿にとっては、風呂上りに上半身裸で室内を動き回る、というのがそれに当たって。
 だが。


「きゃあっ!?」
 風呂から上がって、貴寿がいつものように上半身裸でジーパンだけ穿いて、頭を拭きながら一人暮らしのリビングに戻ると、そんな悲鳴が聞こえた。
 その事に一旦手を止めて、タオルの隙間からそちらを見ると、遊菜が真っ赤な顔をして立っていた。
 来てたんだ、と思い、貴寿は声を掛ける。
「遊菜、来てたん……」
「し、失礼しましたっ!」
 だが、叫ぶようにそう言うと、遊菜はそのまま部屋を出て行ってしまった。
「……遊菜……?」
 貴寿は、訳が分からず、暫く呆然とその場に立ち尽くした。

 ハッと我に返った貴寿は、遊菜の行動について考える。
「何かしたか、俺……?」
 だけど、特に思い当たる節はない。
 強いて言うならば、遊菜が顔を真っ赤にさせていた事ぐらいだが……。
「うーん……」

 流石に下着姿だったらこちらとしても恥ずかしい。
 だけど、ちゃんとジーパンを穿いていた訳だし。
 何でだ……?

 そう考えていた所で、ふと実家にいた時の事を思い出した。
 6歳年上の姉の、迷惑そうな表情と共に幾度となく言われた言葉。

『パンツ一丁じゃないだけマシだけど、上も何か着たら?デリカシーの欠片もない……』

「……もしかして、上半身裸だから……?」
 そこに考えが至れば、あとは簡単に答えを導き出せた。

 遊菜に男の兄弟はいない。
 だから父親が部屋の中を上半身裸で歩き回ったりしないのなら、そもそも男の裸に対する免疫は低いといえよう。
 遊菜はどちらかといえばかなり奥手な方だ。
 髪を触るだけでも、未だに恥ずかしそうにしているし。
 それがいくら彼氏とはいえ、例え上半身だけでも、裸というのは刺激が強すぎるんだろう。

「……失敗した」

 少し考えれば容易に分かる事だ。
 それに、合鍵を渡しているのだから、もっとよく普段の行動を考えておくべきだった。

 気を取り直して携帯を開くと、『今から行きますね』という着信メール。
「風呂に入る前に見ればよかった……」
 後悔しても遅いが、取り敢えず謝罪のメールは入れておくべきだろう。
「しかし……あの反応を見る限り、当分、先は長そうだな」
 貴寿は、そう呟いて苦笑した。

 そうして暫くは、遊菜は貴寿の家に来る事はなく。
 バイト先などで顔を合わせても、少し恥ずかしそうにしていた。


 それからというもの。
 貴寿は余程遅い時間じゃない限り、風呂上りはちゃんと服を着るようになった。


=Fin=