≪凛として≫


 それは、いつも突然起こる。

 弓道部の部活中。
「きゃ……っ!」
 バシッという音と、その直後のタンッという音に混じって、小さな悲鳴が上がる。
 頻繁に起こる事ではないが、弓に張ってある弦が切れたのだ。

 麻でできているそれは、弓を引いている途中に切れる事はまずない。
 大抵、矢を放ったその反動で切れる。

 そうして、全員が注目したその視線の先にいたのは。
「……智ちゃん!」
 智だった。
 礼義はすぐに傍に駆け寄ろうとするが、一瞬早く、直樹に止められた。
「伏見。今は射の途中だ、邪魔をするな。南里、『失(しつ)』の時はどうするか分かってるな?」
「はい」
「予備弦は弦巻きにあるな?よし。皆、特に一年。弦が切れた時の対処法をやるから、ちゃんと見ておけ」

 そう言って直樹が智から弓を受け取ると、彼女は跪座(きざ)して待つ。
 直樹は弦巻きから予備の弦を出すと、弦を張って、弓を智に返した。
 そうして立ち上がると、また矢を射る体勢になる。

「今のが一連の流れだ。本番の時は審査員がやる事になるから、『足踏み』の状態で待つように」
「ハイッ!」
「切れた弦が手の届く範囲にある時は回収して巻いておくように。審査員が弦を張り直して持って来た時に渡せばいい」
「ハイッ!」
「では練習再開」
 直樹のその声に、再び練習が再開される。

 智の射が終わると、礼義はすぐに傍に駆け寄る。
「智ちゃん、平気?」
「うん。突然でビックリしたけど」
「あ……ここ、ちょっと赤くなってる……」
 礼義は、智の頬にうっすらと一筋の赤い痕が残っているのを見つけた。
「あー……たまたま、切れた弦が掠めたんだと思う」
 苦笑しながらそう言う智に、礼義は顔を歪める。
「……痛くない?」
「平気だよ?……弦が切れた時って、体のどこかに当たる事ってあんまりないの。だからこれは多分、私の『物見(ものみ)』がちょっと悪かったんだと思う」
「智ちゃん……」
「『物見』が不十分だと、どの道、弦で頬を打ってたから。だから気にしないで」
「うん……」
 だが礼義は、少しだけ心配になる。

 武道というのは特に、ちょっとの気の緩みが大怪我の元になったりもする。
 だから、もし智が大怪我をしたらどうしよう、という不安に駆られる。

 だが。
 そんな心配は、すぐに無用だと感じた。
 そこには、真剣に弓道に取り組む智の姿があったから。

 凛とした佇まい。

 それこそが、礼義が智に最初に一目惚れした姿なのだから。


=Fin=


≪弓道用語解説≫

・失(しつ)……弦が切れたり、弓を引いている途中で番(つが)えた矢が外れたり(=筈こぼれ)する事。
・跪座(きざ)……座って爪立った姿勢の事。
・足踏み……足を開いた状態で、両手は腰骨の位置に添えておく、弓を構える前の基本姿勢。射法八節(しゃほうはっせつ)の一番初めの動作。
・物見(ものみ)……顔を的の方に向ける事。面向け。