小さい頃はよく、男の子達に意地悪をされていたように思う。
 その度に泣きながら兄の仁と弟の忠に話を聞いて貰っていた。
『わたし、何か悪いコトしたのかなぁ……?』
 まさかその度に二人が、意地悪をしてきた男の子達に仕返しをしていたとは知らず。
 それを人づてに聞いた時にはもう、二人の私に対する過保護ぶりは尋常じゃなかった。


≪スタート≫


「ねぇねぇ、南里さんのお兄さんて、彼女とかいるの!?」
「えー?弟君の方がいいよー。で、弟君て彼女は?」
「えっと……」
 南里兄弟は、地元では有名なイケメン兄弟で。
 智はよくそう聞かれていた。
「いないんじゃ、ないかなぁ……?」
 だがまさか、「あの二人は彼女よりも私を優先させるぐらいの過保護っぷりだからやめといた方がいい」なんて言えるハズもなく。
「いないの!?じゃあ私狙っちゃおっかな〜」
「えー、ずるーい」
 そんな事を話す周りに、ただただ苦笑するしかなかった。


 智は兄の仁とは学年的に一つ、弟の忠とは二つ離れており、学校内では兄弟のどちらかが必ずいた。
 その為、どういう所から情報を仕入れているのか分からないが、学校で呼び出し告白を受ける際には必ずいつの間にか付いてきていて。
 智は相手の告白をまともに聞いた事がなかった。
 そんな事も手伝って、智の周りには自然と家族以外の異性は誰も近付かず。
 気付けば智自身、異性と話すのは苦手になっていた。

 異性と話すのが苦手だといっても、友達がする彼氏の話を聞くと、やっぱり羨ましくて。
「でさー、彼氏がー……」
「……いいなぁ……」
 そう呟くと、決まって周りから言われる言葉は。
「何言ってんの!あんなイケメンの兄弟と毎日一緒にいられて、羨ましいのはこっちだよー」
 というものだった。

 勿論、兄弟がカッコイイ部類に入るとは智も分かっている。
 だけど、皆から羨ましいと言われる程とは思えなくて。
「私は別に、毎日一緒にいたいとは思わないケド……」
 一度そう言ったら、「贅沢すぎる!」と言われてしまった。


 そうして智が“このままじゃダメだ”と思ったのは中学三年の時、高校進学をどうするか決める時だった。
 通常なら、殆どの人が地元の高校に通う。
 兄の仁も地元だし、家族は全員そのつもりだ。
 だけど。
「私立月羽矢学園、か……」
 学校案内の冊子を見ていて見つけたその学校は、寮も完備していて。
 だけど私立にしては物凄く学費が高い訳でもなく、自由な校風で。
 制服も可愛かった。

 なので、兄弟には内緒で母親に相談した。
「お母さん、私、この学校に行きたい」
「私立月羽矢学園?県外じゃない。それどころか、かなり遠いじゃない」
「うん、だから寮生活したいんだけど……ダメ、かな」
「どうして?高校なら別に地元でもいいじゃない。わざわざこんな遠い所で寮生活なんて……それとも何か、この学校じゃなきゃいけない何かがあるの?」
 母親のその問いかけに、智は少し考えてから言った。
「この学校じゃなきゃいけないっていうか……できれば、お兄ちゃん達と離れたいの」
「……まぁ、智の言いたい事は何となく分かったわ。あの二人はちょっと智に対して過保護すぎるから。そうでしょ?」
 すぐに智の考えを察知した母親は、父親にも話してくれて。
 寮生活をOKしてくれた。


 そうして三月。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてね?たまには連絡しなさいよ」
「うん」
 見事月羽矢学園に合格が決まって、寮へと行く日。
 智は父親が兄弟二人を、「たまには男だけで出かけよう」と誘い出してくれている内に、家を出る。
 だから駅での見送りも母親だけだ。
「でも、何も言わずに出発しちゃって良かったのかな……」
「いいの、いいの。ただでさえ、違う学校に行くってバレた時には、さんざん大騒ぎしてたんだから。その上、寮生活だなんて知ったら引き止められて出発できないわよ?」
「そうだね」
 そう。二人にはまだ、違う学校に通うという事だけで、寮生活をするという事は言っていない。
「夏休みとかには帰ってきなさいよ?」
「うん」
 そうして予定の電車がきて。
 それに乗り込んだ所で、階段の方から大声で名前を呼ぶ声が聞えてきた。
「「智っ!」」
「お兄ちゃん!?忠!」
 だが、寸での所でドアは閉まって。
 電車は走り出した。

 するとすぐに携帯に電話が掛かってきて、智は慌てて人の少ない端の方で電話に出る。
『智っ!寮生活だなんて聞いてないぞっ!?』
「お、お兄ちゃん……」
『しかも俺達に黙って行くなんて酷いじゃんか!』
「忠……」
『ははっ、ごめんな智。バレた』
「……お父さん」
『まぁ、二人にはちゃんと言い聞かせるから。高校生活、楽しんできなさい』
「……うんっ」
 受話器の向こうからは、まだ何か喚く声が聞えてきたが、電話はそこで切れた。


 まだ見ぬ出会いと、新しい生活。
 始まりは、ここから。


=Fin=