≪料理は愛情≫
それは、一人息子の龍矢が小学生になってまもなくの事だった。
「おとうさん。おとうさんは、なんでおかあさんとけっこんしたの?」
突然そんな事を聞かれて、虎太郎は首を傾げる。
「……どうして?」
「だって……おかあさん、りょうりにがてだから……」
「龍矢は、初音さんの料理は嫌いですか?」
「……」
虎太郎がそう聞くと、龍矢は黙ってしまった。
最近の龍矢は、よく夕食のおかずを残すようになった。
だから虎太郎は、少しおかしいなと思っていたのだが……。
「……学校の給食はおいしいですか?」
「うんっ!……あ」
龍矢のその反応に、虎太郎は成程と思う。
初音の料理は、お世辞にも美味しいとは言い難い。
それでも、最初の頃と比べると随分マシになった方だ。
「龍矢。俺は初音さんの料理、大好きですよ?」
「……おいしい?」
遠慮がちに言われた言葉に、虎太郎は苦笑する。
「……味ではないんです。初音さんの料理は、どれも一生懸命さが表れてるでしょう?」
「うん。ほうちょうつかってるの、見ててこわい」
「……そうではなくてですね。愛情がたっぷり込めてあるって事です」
「あいじょう?」
「はい。苦手でも、いつもちゃんと作ってくれてるでしょう?」
「うん」
「一生懸命な初音さんは、嫌いですか?」
すると龍矢は、首を横に振った。
「……きらいじゃない」
「つまり、そういう事です」
「……よくわかんないけど……うん」
「それじゃあ今度からはおかず、ちゃんと食べましょうね?初音さんが心配してますから」
「ぅ……」
食べないのが心配を掛ける事は、龍矢も分かっている。
だけど。
食べるのは、それはそれで微妙に抵抗がある。
そんな表情をされて、虎太郎はやっぱり苦笑する。
「愛情たっぷりの料理は、それだけでおいしいですよ?」
「そういうものなの?」
「そういうものです。龍矢もいつか分かりますよ」
だが、龍矢は首を傾げたままだった。
愛する人が、自分の為に一生懸命に料理を作ってくれる。
それはまるで奇跡みたいで。
凄く嬉しい出来事。
=Fin=