≪嬉しい便り≫


 それは、初音と虎太郎が駆け落ちして、暫く経った頃だった。
「お嬢様。お手紙が届いております」
「……ありがとう」
 清美は向日の屋敷で一人、寂しい日々を送っていた。
 今までずっと傍にいてくれた初音がいないのだ。
 幸せになってもらう為とはいえ、逢えないのはやはり寂しい。

 それにまだ和幸と初音の婚約の話は続いていて。
 今は必死で初音の行方を探している所だ。
 初音が見つかったら連れ戻されて、今度こそ二人の結婚が決まってしまうだろう。
 だからこそ清美は、初音の居場所を知っていても、逢いに行く事も、連絡を取る事すらできないでいるのだ。

「姉様……」
 逢いたい気持ちを、名前を呟く事で誤魔化し、清美は届けられた手紙に目を落とす。
「米初美喜(よねはつみき)……?誰かしら……」
 見覚えのない名前に首を傾げると、清美は封を開ける。
 するとそこには。
「姉様の字……!」
 見間違えようハズもない、初音の字が並んでいた。

 その事にハッとして、清美は改めて宛名を見る。
「……姉様ったら……」
 宛名の漢字には、初音と清美の漢字が一字づつ充ててあるばかりか、平仮名にして並び替えれば、“はつね”“きよみ”と、二人の名が浮かんでくる。
「普通に連絡は取れないから……分からないように工夫したのね……」

 本当は連絡を取らないのが一番なのだ。
 だが、それでもこうして手紙を出してきたのは、初音の優しい気遣いだ。
 それがただただ嬉しくて、清美は手紙を胸に抱え、涙を流す。

「ありがとう……姉様」


 暫く泣いて落ち着いた後で、清美は文面に目を走らせる。
 そこには、元気でやっているという事や、近々婚姻届を出そうと思っているという事。
 慣れない家事は大変で、特に料理がどうしても上手くいかない事などが書いてあった。
「姉様……やっぱり大変なのね……」

 向日の家では家事の一切は、お手伝いさんに任せておけばいい。
 でも、初音は虎太郎と二人で暮らしているのだから、当然家事は自分でやらなければならないのだ。

「……私も、家事をしてみようかしら……」

 清美はそう呟くと、それがとてもいい考えのように思えてきた。
 自分で家事をやれば、少しは初音の苦労が分かるかもしれないし、お手伝いさんにコツとかを聞ければ、それを教えてあげる事もできる。
 そうすれば少しは助けになれるかもしれないし。
「姉様がわざわざ駆け落ちの道を選んで、今こうして苦労しているのは、私のせいでもあるんだから」
 そう自分に言うと、清美は早速、行動に移す事にした。

 最初は反対されるかもしれない。
 だけど、大好きな姉様の為だから。
 それに、手作りの料理を和幸さんに作ってあげたら、喜ぶかもしれないし。

 そう考えて。


=Fin=